12.gloria 04



 彼は多くの軍人がそうであるよう、芸術への造詣は持ち合わせていなかった。
 だがここ数週間、上官である金髪の年若い皇帝陛下に同行して、彼がこれまでの人生で得た機会を合わせても足りぬくらいの回数を、芸術鑑賞に費やした。任務の一環だったため皇帝の御身に危険がないよう気を配りながらではあったが、舞台の様子や聴こえてくる音を全てないもののように感じることもなく、けれどもそのどれもに心を揺さぶられるように気持ちになったことはなかった。恐らく自分には芸術的感性の土壌が存在せず、感動を受信できないのだろうと、シュトライトは思っていた。

 ただの音の連なりであるはずなのに、彼は音楽を奏でる彼女の心の内を耳許で語られている気分になった。聴いていると、人間にはこのように豊かな感情があったのだと思い知らされる。
 軍人として、そして至尊の座につく若者のすぐ側に仕える者として感情を殺すことを求められるシュトライトには、あまりに真っ直ぐ心に向かって放たれる彼女の音に耳を塞ぎたくなるようだった。

 照明は舞台だけを照らし、観客席に灯りはない。
 彼は斜め右前に頬杖をついて座る皇帝をみやる。その横でうっとりとした表情で目を細めるミュラーと違って、何を感じているのかわからない表情だった。
  ・フォン・ は亡きジークフリード・キルヒアイスの恋人だった。彼自身がその調査を行い、裏付けを取ったのだ。その名を聞き、そしてラインハルトが彼女の演奏会へ足を運ぶと知り、シュトライトはやや驚きを覚えた。
 三年。
 ミュラーを名代として送った後には一度も気にかけた様子がなかった相手に、今更なにをしようというのかと、彼は驚きと同時に不安も感じていた。近頃の若き皇帝はひどく不安定だ。そのような時に、わざわざ過去の古傷を抉るような真似をなぜするのかと、シュトライトは顔を顰めずにはいられなかった。


 音が途切れ、演奏が終わったようだった。
 会場を万感の拍手が包んだ。ラインハルトも礼儀のように軽く手を打ち合わせている。
 観客の熱気に応えるよう、アンコールが始まった。
 誰もが一度は耳にしたことがある愛の歌。同僚の結婚式ではよく聴いた曲だと、シュトライトはちらりと思う。
 その最中で、若き皇帝は左手を軽く上げて彼を呼んだ。腰をかがめて耳を近付ける。
「シュトライト」
「はっ」
「彼女に会う」
「…了解しました」
 彼は背後に控えた部下を呼び、先方への連絡を入れさせる。彼自身は場内の見取り図を頭に思い描き、警備要員の移動を指示する。
「どうぞ、我が皇帝(マイン・カイザー)」
 観客が会場から溢れ出ぬうちに、彼らは貴賓席から応接室へと移動した。
 導くよう皇帝の左前を歩くシュトライトは、もしもの時にはすぐ対応できるよう、腰元のブラスターの位置を確かめずにはいられなかった。