12.gloria 02




「皇帝陛下、ご臨席?」
 一報をもたらした演奏会の運営者は興奮したようにはしゃいでいる。
「素晴らしいことですね! 直々に皇帝御自ら足を運ばれるほどの腕前と、これまで以上に銀河中に貴女の名前も知り渡りましょう!」
 メルケは複雑な心中を抱えたまま、己の主をみやった。
 瞼を下したままの彼女が何を考えているのか、彼は読み取ることができない。
「そうなると、曲目に皇帝を讃える勇ましい演目を加えるのは如何でしょう? 何しろ全軍の先頭に立って敵を迎え撃つようなお方だ。勇壮な調子の曲を好まれるのではありませんかな?」
  ・フォン・ の演奏会は、二百人入れば一杯になる小さな芸術ホールから、今や数千人収容できる規模の大劇場へと舞台を移して公演されていた。 が演奏に全力を傾けられるよう、運営はもちろん専門の者が行っている。彼らからしてみれば、皇帝の来臨は ・フォン・ の名に今まで以上に箔をつけることになり、喜ばしいことこの上ないことだろう。次回の公演に見込める集客数は、今の数倍になるかもしれないのだ。
  とラインハルトの秘められた確執の一端を知る者として、メルケは銀河の支配者となった金髪の若者を素直に歓迎できるはずもなかった。だが当然のことながら、銀河帝国で最も大きな権力を持つ者の意向を阻むことも、彼にはできそうにない。
 知らせを聞いてから一言も話そうとしない にようやく気付いたように、運営者は首を傾げて問いかけた。
「いかがなされました、 子爵」
 まさか断ることなどするまいと、彼は信じ切っているようである。
 メルケは がラインハルトの来場を拒むのではないかと内心はらはらしていたが、亜麻色の髪のピアニストは僅かに頷きくと青い瞳を開き、口元に小さく笑みを浮かべた。
「ええ、とても名誉なことだと思いまして…演目の変更は致しませんが、心よりご来臨お待ち申し上げますと、そうお伝えください」
「わかりました! それでは会場警備などの打ち合わせがありますので!」
 そう言って会場の運営を担当する男性は慌しく去って行った。
「よろしいのですか…?」
 何が、とメルケも言わなかったし、 も問うことはなかった。
 赤毛の青年の婚約者だった女性は俯き、胸元に釣り下げたいつかの贈り物を眺めながら口を開く。
「良いのです…ちょうど良い機会かもしれません。それに私の演奏を聴きたいと言ってくれる相手を、演奏する私が拒むのもおかしいことです。私はただいつものように弾くだけ」
 果たしていつもと変わらぬ心持でいられるのかと、メルケの懸念が滲み出ていたのか、顔を上げた はにっこり笑って言った。
「大丈夫ですよ。私も三年前のままではありませんから」
 晴れやかにいうものだから、それ以上メルケは言葉を紡ぐことなく、ただ何事もなく彼女が至上の音楽を奏でられるようにと、ヴァルハラの人に祈るのだった。