12.gloria 01



 新帝国歴2年9月。
 銀河帝国の新たな都として定められたフェザーンにおいて、ラインハルトはのちに「芸術の秋」と呼ばれる気まぐれな趣味探しに、麾下の諸将を巻き込んで励んでいた。
 エルネスト・メックリンガーを除き芸術分野に素養のない軍人たちは、理解できそうにない前衛音楽や古典舞踊鑑賞に連行されることを恐れ、至尊の位についた青年の招きを受けぬよう気を使う日々であった。
 そのような恐れを抱かれているとは知らぬまま、ラインハルトはその日も来週開催予定の公演一覧表を眺め、ふと、ひとつの名に目を止めた。
・フォン・ か…」
 宇宙を手に入れるために駆け抜けてきた日々の中で、その名を思い出すこともなくなっていたラインハルトは、たった数年前のことであるのに既に色褪せつつある記憶を取り出した。

 亡き友が会わせたいと語った女性は、亜麻色の髪の美しいピアニストだった。彼は写真でしかその姿を知らず、その人となりも知る機会を得ないままに時を過ごしてきた。ただ名代として戻ったミュラーから言伝を受け取った時、 子爵は芯の強い潔い女性なのだろうと、そう思っただけだった。
 その考えを裏付けるように彼女はいま、銀河帝国でも随一の規模を誇る芸術劇場において単独公演を開くほどの人気を得て、ラインハルトの手にするリストに名を連ねている。ラインハルトは芸術に疎い無趣味な人間ではあったが、その高みに至るまで彼女が相当の努力が必要としただろうことはわかる。
 彼女もまた、赤毛の青年を失った日を振り返らずに駆け抜けてきたのだろうか。
 そう考え、他愛もない無駄な思考だと頭を振ったラインハルトだったが、一度気になり始めるとあの頃の感情が次第に蘇り始めた。
 赤毛の青年の最後の姿は、今も彼の奥深くに刻み込まれている。
、か…」
 どういう回路を辿ったのか自分でもよくわからぬまま、皇帝となった青年はひとつの結論へたどり着いた。
「来週はこれを見に行く。先方へ伝えておけ」
 以前の彼だったなら、躊躇いがあったかもしれない。だが今や彼は至尊の冠を頂き、宇宙を名実ともに統べる立場にある。いつかの彼の望みのとおり、そして彼女も望んだとおり。
 だから否と言わせない。己が会うと言えば、会うのだ。
「そうだな、同行は…」
 連なるように思い出された砂色の瞳の年若い上級大将を、ラインハルトは指名した。
 准将となったシュトライトは、懐かしい名を聞いたと思いつつ、いつもと変わらぬ感情の見えぬ声音で「Ja」と答えた。