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Act02-23


 新無憂宮からユリウスとディートハルトへの必死の帝国未来予想プレゼンの翌朝、の寝覚めは悪くなかったが、しばらく寝台の中で唸っていた。
 現実では政争の悪夢がひょっこり頭を出している。
(認めたくない!)
 面倒なことが多すぎる。でもお腹が空いた、仕方がない。さあフェザーンへ向かう前のひと仕事だ、とは覚悟を決めて起き出した。
 ゼルマ補助のうえで手早く身支度を済ませ、しばしの平穏を帝国風ハムサンドの朝食と共に味わった後には、超光速通信室で画面越しに対峙したの祖父であるところのコンラッドに恨み節をぶつけるも、それも織り込み済みといった表情のコンラッドは相変わらずである。
「褒賞の意味や捕虜矯正区の件、教えて下さってもよかったじゃないですか、お祖父様」
「子爵位は誰のものだ。自ら考えず、周囲の者たちに胸の裡を訊きもせず、なぜ教えてくれない、自分は知らなかったなどという指揮官は見苦しいぞ。身内であろうと、相手の意図を常に把握するよう振舞わねば足元を掬われるぞ」
 コンラッドの指摘に、ぐうの音も出ないである。
 は多くの未来情報を握りつつも、いつが当の知識の使い時なのか、いまいち判断がつかないでいる。しかし、――子爵家の当主として、今回のリヒテンラーデ侯爵の思惑について、いち早く子爵家の重鎮コンラッドや統治府の面々に相談し、予想と対策を立てておけばよかったのだと、今ならばわかる。
 コンラッドは皇帝陛下の褒賞により帝国宰相リヒテンラーデ侯爵との政治的取引を予見していたはずで、利益調整の場である宮廷参戦のお墨付きをもらって、何をさせられるのか、何をすべきかを考えもしないのは領主として怠惰に過ぎると、は実践で教えられたにすぎないのだろう。
 コンラッドは、とはいえ、と言葉を置いて続ける。
「私も話のすり合わせが必要であると思っていた。、お前がこうして通信を入れてくれたことに安堵している。心労と負担をかけて悪く思っている」
 そうして胸に手を当て叩頭し謝罪するコンラッドに、は慌てて自らも謝る他ない。
「お祖父様、私の方こそ考え至らず失礼いたしました。もっと早く、自ら状況を予測してお伝えしなければならぬことがあったのだと、いまは理解しております。我が身の不肖をお許しください」
 双方謝罪し、今後は万事互いに連絡を緊密に、と合意したところで早速とばかりに二人は場の雰囲気を切り替え、打合せを開始した。
 としてもコンラッドを詰って得るものは何もなく、フェザーン出立前までに領主業をどう処理するのか、またリヒテンラーデ侯爵の思惑にどう乗るのかなど、コンラッドに必ず伝えなければいけない事柄が山積している状況である。
「リヒテンラーデ侯爵のおっしゃる『政争』について、先にお伝えしておきたいのですが」
 の銀河帝国未来予想を一言も挟むことなく聞き終えたコンラッドは、思案顔で頷いた。
「門閥両家を秤にかけて立ち回るだけでは飽き足らず、か。リヒテンラーデ侯爵が新たな皇太孫を擁立し摂政として立つとして、不敬な物言いかもしれぬが、そこは今も実際とさほど変わらぬ。だが帝国軍三長官が門閥を抑えて宰相に与するかは未知数であるやもな……それにカストロプ公爵との政争と。ふむ、ローバッハ伯爵家の始末を此方がねじ込んだと思いきや、私の方が釣られたか」
 コンラッドも、ローバッハ伯爵家との諍いがカストロプ公爵家と関与すると予想はしていなかったのだろう。
 すでに理解していると思うが、と前置きしたコンラッドは続ける。
「私は此度の話の見返りに、宰相にローバッハ伯爵家に対する当家の動きを許容するよう頼んだ。ミュッケンベルガー伯爵家にも、助力を求めておる。ローバッハ伯爵家を銀河帝国の宙図から消すつもりなのでな」
 まごうことなき抹殺宣言に、は我知らず眉根を寄せた。
「勝手なことを、と怒るか」
 言葉とは裏腹に、コンラッドの表情は柔らかくもあった。孫娘の不得手を補おうとでもいうように、祖父は鷹揚に構えている。
 は眉間の皺を撫でつつ、普段通りの口調を心掛けて応える。
「それ以外に我が子爵領の平穏が得られない、とお祖父様はお考えなのでしょう? 私もローバッハ家のヘルムートとの婚姻は御免ですし、彼らが対立行動を取るのなら排除か弱体化させる必要があるとも思います。子爵領をさらに発展させていく上で、ローバッハの関与が疑われる宇宙海賊も叩いておかねばなりません。なので、領主の立場として申し上げるなら、我が子爵家に損害が出ないよう済ませることができるのなら、異論はありません」
 単に、争いが身近で起こすことが心情的に嫌な気分になる、そんな軟弱ともいえる気持ちを領主である自分自身がもってしまうことに嫌気がさして、は表情に出してしまった。
 けれども相手が殴り掛かってきたなら。これまで何度も殴られていたのなら。最終的に、相手が自分を殺そうとしているのなら。
(殴り返すしかない、ってこの間の遭遇戦で思っちゃったんだもんね)
 たとえ誰かを殺す選択であったとしても、それが自分の求める道に繋がるのならば屍を踏み越えていこう。
 自分が死ぬか、自分の大切な者が死ぬか、大切でない者が死ぬかの三択であるなら、自分は迷わず大切でない者を殺そう。
 あの初陣といえるかわからない戦闘以降、が改めて心に刻んだことである。
(あ、ちょっと私、自分が貴族っぽくなれる気がしたわ)
 ローバッハ伯爵家との因縁の深さ、感情の強さであればコンラッドのそれはの比ではないだろう。
 お隣の伯爵家が滅んで心が痛むかと問われれば、情緒的にはとコンラッドのそれとは異なるだろうが、政治的には答えを同じくするのだった。
「領地のために為すことです」
 は黒い瞳を伏せ、静かに宣言する。
 爵位を受け、領地と領民を預かったゆえに、土地を耕し人々を潤すことと、敵を踏みにじり他人を殺すことが繋がっているのだと、は思わざるをえない。
 瞼を上げると、ヴィジホンの画面越しのコンラッドの表情は唇を引き結んだ渋面である。
 何事かを告げようかと口を開き、いや、と言い淀む祖父コンラッドの珍しい姿をは見た。
「同意が得られて心強いが、この諍いは私が起こしたのだと、お前には心に留めおいてもらいたい」
 そうして、すぐに子爵家の重鎮、領主の後見人の仕草に戻ったコンラッドが続ける。
「いまが好機であると考えている。サイオキシン麻薬の話に加えて先日の同盟軍捕虜の件、ローバッハ伯爵家へ踏み込む良い材料と判断した。リヒテンラーデ侯の援助により上級大将であるミュッケンベルガーおよび帝国軍との連携が取れる上、捕虜矯正区は軍務省の管轄であるから、監察を行うのにローバッハの繋がる貴族派閥の横槍も入りにくいであろうしな」
「サイオキシン麻薬のことは、どうお考えなのですか?」
「宰相がお誂えの題目を寄越した、とみるのが半分、フェザーンの情報が本物であれば、案外と麻薬が矯正区に転がっているのかもしれんが、あのローバッハ伯爵が選ぶ商いとしては規模が大きくも思える。ローバッハ以外にも関与する貴族がいるだろう」
 そもそも、サイオキシン麻薬を流通させるには、精製のための化学工場、原材料、知識をもった人間が必要であり、そこから運搬、販路と売買も付随し、すべてが秘密裡に実行されなければならない。その秘密を守るのに、ローバッハ伯爵家の権力は小さすぎる、とコンラッドが呟く。
 には心当たりが大いにあり、いつぞやカイルが持参したそれに連なる証拠を挙げてみる。
 度重なる通信の相手先が、方面区司令ギルベルト・フォン・ヘルクスハイマー少将であり、先方からの動きがあったこと。
「どれほどの規模かは存じませんが、少なくともヘルクスハイマー伯爵家が加わっている可能性が高いと思います。モンケル商会絡みと思しき遭遇戦後に、第四方面管区司令のヘルクスハイマー少将は、私に謀反の疑いをかけて間諜を送ってきました」
「間諜? 聞いておらぬが」
 次はコンラッドの眉根が寄る。
 帝都での慌ただしい毎日に、すっかり報告を忘れていたである。
「オーディンまで我々を護衛してくれた第十四警備隊のアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少佐に、ヘルクスハイマー司令の副官から密命があったようです。私が皇帝陛下に反逆するかもしれないので、監視せよと」
 なぜそれを知っているのか、というコンラッドの視線での問いには続ける。
「ファーレンハイト少佐を引き込みました。彼は有能ですし、ヘルツ少佐の知己でもあります。後ろ盾のない下級貴族出身の立場では、ヘルクスハイマー側についても最後は抹殺される可能性が高いとご本人もお考えだったようで、身柄を守るとお約束しましたら味方となってくれました」
 実際には、駒鳥亭におけるカイルの脅迫も効果があっただろう。申し訳なくもあるが、彼には選択肢がなかったはずである。
「あちらで捨て駒扱いでは身の危険もありますし、一旦、ファーレンハイト少佐には子爵領駐留帝国軍への配置をヘルクスハイマー司令に進言してもらうことを考えております」
 これは、カイルからの提案であった。
 ファーレンハイト少佐に対し、オーディンからの帰路に関してヘルクスハイマーから随行の指示があるものの、その後は不明であった。役目を終えたと消されぬように、そしてヘルクスハイマー側に少佐を使う利があると誘うため、子爵領の駐留帝国軍に異動すればよい、と。彼らは子爵領内での間諜を得られ、らはファーレンハイトからヘルクスハイマーの動向を探ることができる。
 渋面の祖父は、まあよい、と頷いた。
「領内であれば、いざとなればこちらから始末もできよう」
 物騒な発言に、は慌てて言い添える。
「有能で信頼もできる方なので、可能な限り守ってあげてください! いざとなったら子爵領艦隊に入れて下さいね! お願いですから!」
 常にない孫娘の勢いに訝しむコンラッドであるが、未来の猛将の命脈を絶やされては困るである。
「お前が言うならば、そうすることにしよう。だが、他人の身を案じる前に、自身の安全を第一に考えるのだぞ。我らの敵対行動が明確になれば、ローバッハ伯爵家は、お前を消せばよいと考える筈であるからな。やつらの唯一の突破口は、子爵家の後継問題であるからな。、そなたが死ねば、我が子爵家は負けだ」
 これまで子爵家は、ローバッハ伯爵家と没交渉ではあるが、表面上は何ら動かなかった。ブラウンシュヴァイク公爵家のエリザベートも子爵領に訪れることから、公爵家からローバッハへ『配慮』が求められてもいただろう。だが、これからはそうもいくまい。
「やっぱりそうなりますよね。どう考えても、私を消す方が正攻法より手っ取り早いんですよね、はあ」
「最大限、身を守るように。まだしばらくは、あちらも我々の動きが見えまい。こちらも、捕虜矯正区の策を手早く済ませるよう努力する」
 暗澹とした気分になりつつも、矯正区の件での脳裏に閃くものがあった。
「そういえば、お祖父様も仰っていたケスラー少佐にも加わってもらったらいかがでしょうか? 彼を帝国軍と国務省との連絡役として任命して頂ければ、我が子爵家としても都合がよいのではありませんか?」
 のちの憲兵総監ケスラー少佐は子爵領に駐屯しており、管区における治安維持活動に大変協力的な人物であり、彼はいずれの貴族派閥とも繋がっていない。きな臭い今回の騒動に巻き込むのも心苦しいが、何より帝国軍の規律を守るための任務であるから、ウルリッヒ・ケスラー少佐の性格的に否はないであろう。
(それに、ここで軍中央の伝手を作るのは彼にとっても悪くない話のはず)
 加えて、駐留軍に加わるであろうファーレンハイト少佐の支援も可能なはずである。
「領軍の兵だけでは動かせぬことでもあるし、いずれは誰かを派遣してもらう算段であったが、それも悪くはあるまいな。軍務省に手を回そう」
 頑張れケスラー少佐、と本人の知らぬところで運命のサイコロを振り回したは、自身の今後についてもコンラッドへ告げる。
「フェザーン出向は、一年以内に収めたく存じます。フェザーン自治領と宰相閣下のお膳立てがあるのなら、さほど時間がかからないと予測しますが、あてが外れた際にはまた相談させてください。こちらの進捗がなくとも、捕虜矯正区の件は問題ないですよね?」
 つまり、ローバッハはぶちのめすのでしょう、とは問いかけ、コンラッドは力強く頷いた。
「無論、当初よりそのように整えておる。フェザーン高等弁務官事務所にはローバッハ伯爵家次男のヘルムートもいる。直接的な関与がどこまであるかは分からぬが、身辺には気を付けよ」
「我が身を大事に過ごしたいと思います」
 子爵家の、さらにいえば・フォン・子爵夫人としてのの勝利条件は、生き残ること、である。
 ローバッハ伯爵家が取り潰されれば身近な脅威は去り、リヒテンラーデ侯爵のいうサイオキシン麻薬の販路の撲滅も、片棒を担いでいるらしきローバッハ伯爵家がなくなれば、多少の影響はあるだろう。
(とりあえず、死なないように頑張ろう)
 改めて決意を固め、両こぶしを握ったに、静かな声がかけられた。
「無理と思ったなら、子爵領へ帰ってきなさい」
 は、領主としての責務を語る中でも、親心ともいえるコンラッドの言葉に微笑んだ。
「そうならぬよう、努めて参ります」
 それから幾つか意見交換を行った後、はコンラッドとの通信を終え、幾人かとの連絡を頼んで要件を報告書の体裁にまとめ、次なる会合へと臨んだ。
 秘密会議のために急遽、ブラッケやオスマイヤーを含め、子爵領統治府の行政官らと通信を結んだのである。
 ユリウスやディートハルト、コンラッドらに伝えたように、にとっては信頼のおける統治府の面々に情報を『政争』にまつわる事柄を除いて開陳し、詳細の詰めを依頼する。帝国宰相リヒテンラーデ侯爵の皇位継承者にまつわる情報は、彼らの身に危険が及ぶ可能性もあるためだ。
「……以上のことから、皆さんにはご負担をおかけしますが、しばらく領地を留守にします。領主代理として先々代のコンラッド・フォン・卿を指名し、実務処理はマインホフ卿とシルヴァーベルヒ卿に裁量を委ねます。陛下から下賜された薔薇園の建築や進行中の政務もあるのですが、フェザーン出向は勅命であり、また、我が子爵家における大事でもあることを理解していただきたく思います」
 話を受けて皆が難しい表情をする中で声を挙げたのは、既に子爵領を離れる立場となった国務省所属のカール・ブラッケである。
「此度のことは、まことに喜ばしい、かつ面倒事であると存ずるが、ひとつ閣下にお尋ねしたい」
「はい、どうぞ」
「我らは既に子爵領統治府を離れた身、なれど、ここに呼ばれた閣下の意図を確認したい」
 『政争』を除く情報となると、単にリヒテンラーデ侯爵の推挙により皇帝陛下より褒美を戴き、また国務省に籍を得て、外務を命ぜられたこと以外に意味がないように、表面上はみえる。オーディンへ戻り中央省庁に席を得た二人は、無論のこと、その裏にある意図を尋ねたのだった。
「ブラッケ卿とオスマイヤー卿には、しばらく後に、仕事が降ってくると思ってください。何か便宜を図れと言うのではありません。子爵家の動向を、統治府と連携して、こっそり追っておいて頂けると助かります。現時点で詳しく申し上げると皆さんが危ういので、御察しください」
 彼らは有能すぎる未来の尚書たちであり、これから何事かある、という予告だけでも無駄にはならないだろうとは踏んでいる。
 シルヴァーベルヒが、歯に物が挟まったような言い分ですな、と肩を竦めた。
「そもそも、領主である閣下がフェザーンで何をせよというのか」
 は、ごもっとも、と頷きつつ貼り付けた笑顔で応じる。
「陛下の……宰相閣下の御心のままに、というやつですよ」
「我が領に損はないのでしょうな」
「そうあれと努めるのみです」
「そもそも、閣下の御身に何事かあるという危険性は?」
 首席補佐官マインホフは、・フォン・子爵夫人の生活がどのようなものになるのか、気がかりな様子である。
「立ち向かわねばならぬ事柄を、危険だと避けられるような御立場でもあるまい。領地でお気楽に過ごせるならそうなさるだろう、閣下ならば」
「オスマイヤー卿の仰る通りです。私も外務より領地に専念したいのですが、状況が許してくれません」
 より思案が深まった様子で、四人は視線を合わせ、代表するようブラッケが問いを投げた。
「しかるべき時に、何らかの合図があると思って宜しいですか?」
「勿論です。一年程度、期間を見込んでおいてください」
「承知いたしました。閣下の下知をお待ちしております」
「良い知らせをお伝えできるよう、私も頑張ります。マインホフ卿とシルヴァーバルヒ卿、子爵領をどうぞよろしくお願いしますね。ブラッケ卿とオスマイヤー卿は、オーディンでの政務も頑張ってください」
「お任せあれ」
 優秀な官僚陣よ未来のために頑張れ、とは皆に感謝し、会合は解散となった。
(さて、あとは……)
 は、それから数日間、フェザーン出立までにすべきことのため、猛然と準備に駆け回ることになった。
 政務の引継ぎを済ませながら、出頭要請を受け国務省のリヒテンラーデ宰相閣下の元へも参じた。
 多忙な様子の帝国宰相兼国務省書のリヒテンラーデ侯爵は、あまり時間がとれず済まない、と言い置いて立ち上がると、書類を差し出してきた。
「銀河帝国皇帝フリードリヒ四世陛下の名において、陛下に代わり帝国宰相代理クラウス・フォン・リヒテンラーデは、子爵夫人を国務省補佐官として任命する。また、フェザーン駐在高等弁務官事務所の参事官として出向を命ずる。詳細は書面の通りとする」
 は命令書を受け取り、口上を告げた。
「陛下よりの信任を、謹んで拝命します」
「本来であれば、しかるべき場で任命式を行うべきところなのだが、此度は急なことであるゆえ、簡略化した形となったことを詫びよう。高等弁務官の参事官として赴任する女性は子爵夫人が初めてのことであるため、特別の配慮が必要な場合は、高等弁務官レムシャイド伯爵へ便宜を図るよう申し伝えておいた。レムシャイド伯は首席弁務官となったのは最近だが、よくフェザーンを知る人物でもある。我が姪であり、ブラウンシュヴァイク公爵家との誼もある子爵夫人――参事官を無下に扱うようなこともあるまい」
「格別のご配慮をありがとうございます」
「諸事、また報告や相談の必要あれば、そなたの特命を知るメルダース補佐官へ伝えるよう。私に繋がる特別回線を空けておく」
 鷲のように鋭い眼光のリヒテンラーデ侯爵の傍らにまっすぐ立つ若きメルダース補佐官から、封筒や情報入りのメモリチップ等の必要な物品を渡される。
「そなたの警備人員として派遣される弁務官付武官も隣室に呼んでおいた。統帥本部からの推薦者の通りとなっている。高等弁務官事務所も国務省内の部局ではあるが、フェザーンはなにぶん耳目が届きにくい。万事、慎重に動くがいい」
「心して、参ります」
 危ない目に遭う可能性が高い、とリヒテンラーデ侯爵が暗に告げてくるので、としては内心で泣きたい気分である。
「そなたを見込んだ我が目に誤りはない筈だ。すまぬが、この後に会議が入っている。参事官、吉報を待っているぞ。メルダース補佐官、後は任せる」
 険しい表情のまま去っていった宰相閣下を見送り、が補佐官に案内され隣室に足を踏み入れると、待っていたらしき青年士官が素早く立ち上がり敬礼した。
 彼は白みがかった金髪を持ち、均整のとれた細身に軍服をまとっている。
 その人物に心当たりがあったは真顔で静止しかけたが、気合を振り絞ってドレスの裾を軽く捌き、淑女のお辞儀をする。
・フォン・子爵夫人です。このたび、参事官としてフェザーンへ参ることになりました。どうぞよろしくお願いいたします」
 踵を揃え、やや緊張したような青年士官が、胸を張って名乗る。
「小官は、コルネリアス・ルッツ少佐であります。弁務官付武官の任を受け、閣下に同行させて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします」


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