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ACT02-10



 第四方面区警備隊――より正確には、第十四警備隊との合流までは、五時間ほどかかるとのことだった。
 全艦がワープ準備を終え、戦闘によって宇宙に散った者たちに敬礼を捧げた後、達は戦闘の起こった宙域から三十光秒ほど離れた座標から亜空間へ飛び立った。
 充分に警戒態勢を整えて航行した子爵領の小艦隊だったが、後方から何者かが追ってくる気配もなく、達は無事に合流地点に到着した。
「ワープアウト完了、予定座標より0.2光秒のズレ、当艦の座標修正を行います」
「前方一時方向に艦影、五。距離12光秒、俯角30度です」
 哨戒長の報告に艦橋には一瞬の緊張が走ったが、続いた彼の声には明らかな安堵が滲み出ていた。
「識別信号解析、第四方面区第十四警備隊と確認しました!」
 ゲーテ准将は通信士へと指示し、第十四警備隊の指揮艦との通信回線を繋がせた。そして、敬礼しつつ相手側の通信士官に話し掛ける。
「こちら、救助を要請した子爵領小艦隊司令のゲーテ准将。貴艦隊の指揮官の応答を願う」
 艦隊指揮はゲーテの領分ではあるが、領主として一応の挨拶も必要だろうとも艦橋に並んでいた。しかし、通信画面に現れた顔にすぐさま回れ右をしたくなった。
 見覚えのある顔であった。細面に、耳が隠れる程に髪を伸ばした若者で、彼が口を開くと尊大な言葉が次から次へとこぼれ落ちてきた。
「われこそは貴艦隊を助けに参った、フレーゲル准将である。災難でしたな、ゲーテ准将、何やら急な襲撃を受けたとか。だが安心召されよ、われらがいれば、そのような者どもも恐れをなし襲ってくることもありますまい」
「はっ。……その通りですな、フレーゲル准将閣下、ご助力に感謝いたします」
 第十四警備隊司令が高貴なる血脈に連なる人間とすぐに悟ったゲーテは、同じ階級で年齢からいって自身が先任であると知りつつも、微妙な敬意を言葉尻に含めて応じた。
(よりによって、フレーゲル男爵。これ役に立つわけ?)
 五年前にローバッハ伯爵家でのパーティで初対面を果たし、以降、エリザベートに招かれたブラウンシュヴァイク公爵家の宴席でも顔を合わることもあった相手だ。粉を掛けられた回数は片手で足りなかったが、彼の結末を知るだけに特別に親しくしたい人物でもないため、挨拶は交わすが顔見知り程度の関係を貫いているである。フレーゲルは女好きで見栄っ張りなところがあり、単なる令嬢ではなく爵位持ちの子爵夫人となった・フォン・を陥落せしめることで、自身の武勇――男女関係のそれである――を轟かせることができると思い込んでいるらしく、何かと秋波を送ってきていた。存在そのものが迷惑この上ない人間というフレーゲルの第一印象は、いまもっての中で変わっていない。
 フレーゲル准将は、ブラウンシュヴァイク侯爵オットーの甥であり、自身も男爵位を持っている。昨年あたりに士官学校を卒業したと聞いていたが、既に准将閣下になり仰せているあたり、貴族権力の無茶ぶりがよくわかる。信頼できる相手かと問われれば否と言いたいところだが、今のところはフレーゲル准将率いる第十四警備隊が達の安全を保証してくれる唯一の戦力である。
(全く知らない人間が出てくるより、実力や性質が分かってるぶん良かった…んだよね、たぶん。対応しやすいし、裏切られることも、とりあえずなさそう)
 エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクと親しい間柄であるだけに、ブラウンシュヴァイク一門の人間が子爵夫人に害を及ぼすことは、滅多にないのである。
子爵夫人も乗っておられると聞いたが、そこにはおられぬか。おれの顔をみれば彼女も安心なさるに違いない、少し話をしたいのだが」
 きっと颯爽と助けに現れた王子様気取りで、得意げな顔をするとには簡単に予想できた。
 会話など拒否したいのが本音だが、ここで逃げてもいずれは必ず謝辞を述べるために会話しなければならない。そうであれば、嫌なことは早めに済ませるに限る。
 ちらと視線をくれたゲーテ准将に頷き、は我慢を三度唱えて特大の猫を被り通信画面の前に立った。
「ごきげんよう、フレーゲル准将閣下。このたびは、わたくしたちの危機をお救い下さって心より感謝いたします」
 頭を下げて、いかにも心細かったという風情で胸の前で両手を組んだに、フレーゲルは上機嫌である。
「いやいや、女性を助けるのは紳士として当然のこと。ご安心下さい、この先はこのおれが、貴女をお守り致しますぞ」
 警備隊の指揮官として立っているはずの人間の発言としては、些か個人的すぎる当然の行いというところだが、そのことを指摘する者は誰一人いない。真実を突いても誰も得をしないと、皆が察しているためだろう。
「まあ、心強いです。さすがフレーゲル准将閣下です。ブラウンシュヴァイク公爵閣下にも、頼りになるフレーゲル閣下に守って頂いたとお伝えしておきます」
 満面の笑顔をサービスして、さらに二言三言の賛辞を捧げ、は頃合いを見て話を切り換える。
「ところで、我が方の駆逐艦一隻が中破しておりまして、至急修繕が必要な状況なのですが、少し実務的なお話をさせて頂いてもよろしいでしょうか? このように何も分からぬわたくしめが、殿方のお仕事の邪魔をしてはならないと存じ上げておりますが、一言だけ閣下にお礼を申し上げたくて、しゃしゃり出て参りましたの。申し訳ありませんでした」
「む、名残惜しいところですが、致し方ありません。そう、おれも准将を拝命する立場であるからには、相応の任務もありますから」
「後日、改めてお礼に伺わせて頂きます」
 フレーゲル様かっこいい!と目線で訴えておいて一礼し、はゲーテ准将に場所を譲った。
 画面から振り返ったの顔が微妙に歪んでいたことに気付いたのは、後ろに控えていたヘルツだけだった。
 幼い子爵夫人が出てこないとなった途端、フレーゲルも貴族の指揮官につきものの侍従武官――彼が実質的な指揮を行う人間である――にその場を任せ下がっていった。
 貴族のドラ息子の手綱を握るお目付役だけに、侍従武官のレーベンドルフ准将は話の分かる人物だった。
 達が皇帝との謁見の途上にあると知ると、損傷を受けたパッセル二号を第十四警備隊が工廠まで随伴すること、ならびにパッセル二号の代替として警備隊から二隻の駆逐艦を提供し、オーディンまで子爵夫人を護衛することを申し出てくれた。謁見の日程が迫っている中、工廠に寄ってパッセル二号の修繕をシェリルード子爵夫人一行が待つ余裕はないという判断だった。合流までに追尾もなく、不審な艦船も近辺には存在しなかったこと、そして合流地点が比較的安全といわれる主要航路に近付いていたことから、再度の襲撃はないだろうと見解も一致し、二つの小艦隊が戦力を少し入れ替え、二分することになったのだった。
「戦闘のあった宙域の調査へは、また別の警備隊を派遣いたします。これでよろしいですかな」
「はい、そのようにお願い致します、レーベンドルフ准将」
 だが話がまとまりかけたところ、ごねたのはフレーゲルだった。
「ならぬ、それではおれが子爵夫人に同行できぬではないか!」
「そうは申されましても…この戦艦をオーディンへ回してしまうと、工廠へ向かう部隊の戦力が心許なく…」
「いや、駄目だ。許可できぬ」
 道理の通じぬ問答を通信画面の向こうで繰り返しているのを目の当たりにし、は溜息を吐いた後にゲーテ准将の腕を叩いて場所を譲って貰い、再び通信画面の前に立った。
 頑張って、猫撫で声を出す。
「フレーゲル准将閣下、わたくしの声が聞こえますか?」
「おお、子爵夫人! いかがなされましたか?」
 ずいっと通信画面にアップされて映るフレーゲルに、は傍目にはとても愛らしく微笑みかけた。
「閣下と離れがたいのは、わたくしも同じです。けれど、帝国軍人となられた閣下には果たすべきお役目がありますでしょう? そのような殿方を遠くから想い、無事をオーディン神に祈るのもまた女の勤めと、わたくしも心得ております。ですから、わたくしにお気遣いなさることなどありません、どうぞ任務を優先なさって下さいませ」
 心の内側では辟易しつつ、顔を伏せ流し目を送ってみせる。まだ二十歳前後のフレーゲル青年はプライドが高すぎ、面目に固執しすぎるきらいがあることを、は知っていた。つまり、フレーゲルはかっこいい自分が大好きなのだ。
「そ、その通りだ、レーベンドルフ准将、おれは子爵夫人とは別に工廠へ向かおう。わかったな?」
「了解致しました、准将閣下」
 子爵夫人の発言に感銘を受けたらしきフレーゲルは、自身の意見をあっさり翻した。
 まったく、ものは使いようである。
(ああ、女で良かったって改めて思っちゃったわ)
 別れの挨拶を出来る限り素早く切り上げたは、後日の面倒を予想して既に嫌な気分になりつつも、これも仕事の内と我慢することにした。

 こうして無事に第十四警備隊と合流し、二隻の駆逐艦の護衛を受け達はオーディンへ向かうこととなった。
 その中で、にとっては飛び上がるほど嬉しい新たな出会いがあった。フレーゲルなど目ではない人物が、護衛としてオーディンまで随伴することになった駆逐艦の艦長だったのである。
 顔合わせとして各艦の艦長が共通回線を開いた通信画面の中に、は水色の瞳に、色素の薄い髪と肌の若い士官を見出していた。
「第四方面区第十四警備隊、駆逐艦レルヒェ三号艦長の、ファーレンハイト少佐であります」
 彼は、そう名乗った。
 アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト。彼が後に出世することを、は既に知っている。一応は貴族出身なのだが、生家が窮乏していて食うために軍人になったと公言してはばからぬ人物である。
「ファーレンハイトか…」
 並んで画面を眺めていたヘルツが感慨深げな声を漏らし、は隣を仰ぎ見た。
(ああ、そういえば、ヘルツ少佐ってファーレンハイトと…)
 いつか士官学校を訪ねた折に、ヘルツが友人の話をしていた。はその話題の友人がファーレンハイトではないかと想像したが、結局は日々の慌ただしさにそのことをすっかり忘れていた。しかし、ヘルツの楽しげな表情を見ると、の想像は的外れではなかったようだ。
 なかば確信しつつも、あえては訊ねてみた。
「お知り合いですか?」
「ええ、士官学校時代の同室の友人で、近頃は不精に任せて連絡も取り合ってなかったのですが、まさかこのようなところで顔を合わせるとは」
 ヘルツは再会を随分と喜んでいる様子で、きっと後でヘルツとファーレンハイトは私信を交わすだろうと思えた。状況が許せば、互いを訪問して酒でも飲むのかもしれない。
(ああ、同行したい。彼と話したい。というか、子爵領にスカウトしたいな。駄目かな…)
 ファーレンハイトはラインハルトの下で一度は共に戦うが、リップシュタット戦役の折には門閥貴族側についてラインハルトと敵対する人物である。優秀さは間違いないだろうが、内戦における子爵家の去就が定まっていない中、ファーレンハイトを味方に引き込むのは難しいかもしれないとは考え直す。
(仲間云々はともかく、個人として話すくらいなら許容されるかな…。よし、そうと決まれば!)
 使ってこその権力と地位である。は礼をするという名目で、オーディン到着前夜に護衛として随伴する駆逐艦二隻の艦長を、夕食に招待することに決めた。子爵夫人の人材収集癖は主に文官方面の実績から周知であったので、今度は武官も集めるのかとゲーテ准将とヴィーラント艦長は囁き合った。
 小さな晩餐会の開催を決め、はゲーテに勧められたこともあり、自室へと引き上げた。慣れぬ緊張に神経をすり減らしていたし、艦橋に留まっても指揮シートにふんぞり返る程度にしか仕事はないので、休息をとることがこの場合はもっとも生産的行為であった。
 気が付けば艦内時刻も既に夕刻を過ぎ、遅い夕食の時間帯である。
 ゼルマやブラッケ、オスマイヤーらとは警備隊との合流までの間に顔を合わせていて、既に無事を確認していた。
 が様子を確かめに戻った際には、ゼルマはいつかのヨハンナのように盛大に泣き出して我が子のごとき令嬢に縋り付き、無事でよかったと頬や髪を撫で、そのたびに涙を溢れさせた。ブラッケとオスマイヤーはそれぞれ頭と手首に包帯を巻いていたが大きな怪我はなく、戦闘の顛末をから訊いて顔を顰めていた。
 ブラッケは財務省から、オスマイヤーは内務省と彼が整備をすすめた地方警察方面から、同盟軍の捕虜やローバッハ伯爵家に関して調査することを約束してくれた。
 救命艇に同盟軍の人間が乗っていたくだりや、ローバッハ伯爵家という単語も含め、はブラッケとオスマイヤーに全て話したのである。そう出来るだけの信頼関係は数年間の政務を経て成立しており、大きな枠組みで括れば彼らは既に――・フォン・の身内のようなものだった。は彼らの出世や、それ以外の部分でも彼らの為になるならば協力を惜しむつもりはなかったし、ブラッケやオスマイヤーも子爵夫人には悪意より好意を持って振る舞うことを決めていた。政治的にそれは“派閥”と呼びうる関係なのだが、この身内感覚が他人にどう見えるのかということにが思い及ぶまで、まだ数年の時を要した。


 夕食を終え、シャワーを浴びてさっぱりした後には軽い柔軟体操をして、持参した本で満足するまで読書をこなし、眠りに就く。
 それが戦艦内での普段の過ごし方だったが、この日のは普段と同じ流れを繰り返すことができなかった。
 艦内時刻で深夜二時になるまでブラッケのくれた小難しい帝国財務報告書をめくっていたのだが、一向に眠くならないのである。電気を消して瞑目して過ごした一時間の努力も、無駄な徒労に終わってしまった。
(眠れん)
 普段なら三秒で落ちる安息の帳は、目を閉じても全く降りてくる気配がない。神経が昂ぶっているというのだろうか、身体は疲れているのに頭が冴え冴えとして眠れない。
(今日は色々あったし…初めて戦闘なんてもの経験して、自分じゃ分からないけど興奮してるのかな…)
 死んだ人間のことや、ローバッハ伯爵家のことなどをぐるぐる考え始めると、もう駄目だった。
(ああ、もう、このままじゃ寝るなんて無理!)
 は眠ることを諦め、行動に出ることにした。こういう時にぴったりのものがあると、は知っている。
 ゆっくり身を起こし、気配を潜めてベッドを降りる。無音の冷気が寝間着の裾から忍び込んでくるのを我慢して、柔らかい布でできた室内履きに足を通しながら、続きの間で寝息を立てるゼルマを伺う。熟睡しているようで、寝返りも打たない様子からすると深く寝入っているのだろう。心労の絶えない一日だったろうから、起こさぬよう気を付けなければならない。
 寝間着の上にストールを羽織り、足音を立てずゼルマのベッド脇をすり抜け、は自室を出た。
 通路の左右を伺うと、人影は見えない。艦内時間は真夜中に分類される頃合いには、当直以外の人間は休んでいるため、人が少ないのだ。
(予想通り。これなら…)
 人目に付かず目的を果たせると、内心ほくそ笑んで歩き出しただったが、数歩進んだところで隠密行動の目論見は儚く潰えた。
 自室を出て、隣の部屋の前を通り過ぎようとした時、の真横で扉が開かれたのである。
 そこから転がる勢いで飛び出そうとしていた人物と、はたと目が合う。
「あ」
 急いで起きたのか、普段の端正さが嘘のように乱れた髪に、Tシャツとようやく穿いたとみえるスラックス姿である。しかし右手にはブラスタを握りしめた彼からは、まさに緊急事態に遭遇したといわんばかりの緊迫感が漂っていた。
 栗色の瞳がを捉えると、風船が萎むように気迫は霧散し、つめていた息がヘルツの肺腑から解放された。
「もう見つかっちゃった」
様……いえ、閣下の部屋の扉が開いたシグナルがこのような時刻に鳴ったので、何者かが侵入したのかと慌てて出て参りましたが…何をなさっておいでなのですか、供もつけず、そのような格好で通路においでになるなんて」
「あはは、ちょっと、その、入り用のものを取りにいこうかと」
「入り用なものですか? それならばフラウ・エーデルバーグに…」
「ゼルマは疲れてるから、起こさないでおこうと思って。それに、ゼルマは絶対に駄目って言いそうだし」
 ヘルツはブラスタの安全装置をかけ、腕組みして宵っ張りなを見下ろし、夜中に叩き起こされた文句は言わず静かな声で問うた。
「何をお求めなのですか」
「…怒らないで欲しいんだけど」
 言い辛かったは赤いストールの端をしばらく意味なく指先で弄び、ようやく決心して白状した。
 訊ねたヘルツはの答に、少し虚を突かれた顔をした。
「酒、ですか」
「少し飲めば眠れるかな、って。睡眠薬を飲むほどじゃないけど、何もせずには眠れないっていうか…食堂へ行けばお酒があるだろうし、頼めば貰えるかなって思ったんだけど」
 青年少佐は栗色の瞳を細めて苦笑し、に大事な情報を教えてくれた。
「今の時刻に食堂と酒保は完全に閉まっておりますよ。個人が持つもの以外では、手に入らないのではないでしょうか」
「そ、そんなあ」
 がっかりしたどころでなく、は自分の間抜けぶりに落ち込んだ。良いアイディアと思って寝室を抜け出した上に、眠っていたヘルツを起こしてしまったというのに、手に入るものは何もないのである。
「それなら…大人しくベッドに戻ります。夜中に迷惑をかけてごめんなさい…」
 溜息をついて踵を返しかけたを、ヘルツの声が呼び止めた。
「お待ち下さい。小官の寝酒でよろしければ、少しだけ提供いたしますよ」
「ほんと? やった!」
 喜んで手を打ち合わせるに、栗色髪の少佐は通路の奥にあるベンチを示して待つように告げた。
 大人しく耐圧ガラス越しに星屑を眺めていると、しばらくしてヘルツは湯気をくゆらせたカップを二つ手にしてやってきた。
 カップの中身は、ホットミルクに少しだけ酒を垂らして砂糖を加えた、酒と言うには大人しすぎる飲み物だった。
「弱くて眠れないかも?」
様には、これくらいで充分ですよ」
 は礼を言い、それから無言で少しのアルコールを含んだミルクを飲んだ。
 傍らに座るヘルツも、話し掛けてはこなかった。
 今日、死んだパッセル二号の乗員六人の内、三人の遺体は宇宙に吸い出されて見つからなかったという。
 彼らは、宇宙のどこかを永遠に彷徨い続けるのだろうか。
 星を眺めて消えた死者を想像し、不意に涙が出そうになった。寒くないだろうか。寂しくないだろうか。
「宇宙で死んだら、みんなどこへ行くのかな?」
 頭に浮かんだ言葉が、意識せず言葉になっていた。
 の知っている葬式は、火葬か土葬だ。いずれも惑星の大地や、大気の一部になる、そんな気がする。
 けれど宇宙空間で塵になった人間は、どうなってしまうのだろう。
 答を求めたのではなかったが、栗色髪の少佐はそっと教えてくれた。
「どこかの星雲の中に紛れて、新たな星の一部になるかもしれませんし、恒星のフレアに燃え尽きて一瞬の光になるのかもしれません。いずれにせよ、宇宙で死ぬときっと星になると、自分は思っています」
 温かなミルクに馴染んだ酒が体内を巡り始め、急速に眠気が襲ってきた。
 朧な意識が、ゆるゆると溶けていく。
(まだ、ごちそうさまって言ってないや…)
様?」
 優しい声に呼ばれながら、は安らかな眠りに落ちていった。



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