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Act2-04



 卒業試験を終えて幼年学校を巣立つ日も近くなった六月初旬のこと、ラインハルトとキルヒアイスは朝食の席で、配達物をくばる下級生から一通の便箋を受け取った。
 真っ白な封筒に、二人の名が並んで記されている。裏返すと、いつものように送り主の名を示すアルファベット一文字だけが書かれ、封を閉じるには蝋印ではなく羽根の形の青い判が押されていた。
からか。今回は早かったな。前に会ってから三ヶ月も経ってない」
「そうですね、以前に会ったのは確か少し寒い春頃でしたからね」
 手紙を手にしたラインハルトは、嬉しいとも迷惑ともつかぬ曖昧な表情を見せた。きっと内心も顔に表れる通りの混沌とした気分なのだろうと、キルヒアイスは黒髪の少女と知り会って以降の珍事を思い起こす。
 彼女と面識を得たのは五年前のことで、ちょうど幼年学校に二人が入学したばかりの頃だった。学校から程近いニーダーフェルトの街中で、喧嘩に巻き込まれていた(という表現が相応しいのか、キルヒアイスは今もわからない)少女を、ラインハルトとキルヒアイスはちょっとした自らの報復含みで救ったのが邂逅のきっかけである。それだけなら他人行儀な挨拶を交わして今や顔も思い出せぬ仲となっていてもおかしくはなかったが、その小さな騒動の後、お礼にと与えられたワッフル片手にしばし語り合ったのが交流の契機となった。
 偽名であると断りを入れた上でと名乗った黒髪黒目の少女は、護衛付きで外出をするような貴族令嬢だった。つまり、平民と変わらぬような貧乏貴族でも、戦争で量産された帝国騎士の家の娘でもない、裕福な相応の位階を持つ爵家の子女なのだろうと、当時十歳だった二人でも認識できるような少女だった。
 彼女は平民の格好をしていて、街の食堂でハンバーグを食べたと楽しそうに話し、困惑顔の従者に自重を求められていた。風変わりとか、変なという形容詞に違和感を覚えぬほどには常識から逸脱している令嬢であると、ラインハルトとキルヒアイスは顔を見合わせて頷きあったものだ。
 それまで二人にとって、貴族という分類に含まれる者の全てとは言わぬまでも、大部分の人間が軽蔑の対象となっていた。ラインハルトの言を借りれば、貴族とは単なる血統とか無根拠な伝統とかいう代物で、自らの力で得たものなど何もないくせに、さも当然という面をして怠惰に贅沢をむさぼる奴ら、と言うわけである。ゆえに自然と、ラインハルトのと名乗る貴族令嬢に対する言葉は、傍目でもわかる皮肉さを帯びていた。
 ラインハルトは、野放図なわがまま令嬢が駄々をこねて、下々の生活を物見遊山に来て騒動に巻き込まれたのだろうという想像をしていたと、後にこっそりキルヒアイスに語った。
 だがとの会話を重ねる内に、二人は黒髪の令嬢が決して目的もなしに平民ぶって街を見聞していたのではないと知ったのである。同じ年頃のように幼い少女の語り口から、ラインハルトとキルヒアイスは彼女が物事を客観的に眺める術を持っていて、銀河帝国の政治経済や法制度についての造詣もあると気付いたのだった。
 互いの距離を測りながらの会話を一時間もする頃には、ラインハルトはすっかりという少女に興味を抱いたらしかった。豊富な話題、切り返しの早い反応、それに彼の美貌や語調の強さに物怖じしない少女の胆力が、友の琴線に触れたのだろう。それにラインハルトとキルヒアイスは幼年学校での生活で貴族階級にしばしば見受けられる特徴を嫌う根拠をじゅうぶんに発見していたが、という令嬢に関しては該当しないことが多かったのだ。
『本当に貴族の娘か?』
 ワッフルを食べ終えて訊ねたラインハルトには、黒髪の少女の従者らしき見目麗しい(とキルヒアイスは認識したが、ラインハルトは無頓着な様子だった)銀髪の若者が憤然と反抗し、
『無礼な。お嬢様はれっきとした…』
『わーわーロルフ! それ以上はお願い言わないで!』
と、少女自身が身許を明かさぬよう苦心しているようでもある。
 その日は寮の門限などもあってそれでお開きになったものの、と連絡先を交換した二人は時折おもいだしたように交流を細々と継続していた。
 なにしろラインハルトとキルヒアイスは幼年学校の生徒として厳重な規律によって生活時間の大半を縛られていたし、もそうそうオーディンを出歩けるほど自由はないと愚痴をこぼす具合だったので、会った回数はこの五年で両手指の数を越えるか越えないかというくらいである。知己となって短くない時間が流れたものの、親しいかと問われればまだ疑問符が付くが、知人以上の仲ではあるだろうというのが、ラインハルトとキルヒアイスのに対する共通認識だった。
 頻繁にヴィジホンでも顔を見せていれば違ったかも知れないが、彼女は自身の身分が露見することをひどく嫌がっていた。連絡を取り合えば取り合うほど足がつき、身許の情報を与えてしまうからと、連絡は主に手紙や通信メールで交わすのみだったし、しかも伝達されるメッセージも、殆ど無駄をそぎ落とした簡潔な文章のみであることが大半なのである。
 ラインハルトは早速、封を切って中のメッセージカードを取り出した。封筒や内容とは違って、このカードに限っては少女の感性が想像される装飾が僅かばかり付されているのが常だった。今回は魚の形をしたカードである。これ以前には、かぼちゃ型や、かに型、りんご型などのカードが入っていたこともあった。
「お元気ですか。次にお会いできるのは、六月の末頃から七月の頭あたりとなりそうです。お二人の卒業も近いしご都合がよろしければ、会ってお祝いを兼ねたお茶か食事でもしませんか。お返事お待ちしております。追伸、卒業後には前線に出ると言い張るミューゼル様と、きっと離れないキルヒアイス様が目に浮かびます。戦地に赴かれる前には、ぜひ挨拶させてくださいね、だそうだ、キルヒアイス。相変わらずだな」
「ええ、相変わらずはラインハルト様のことをよくご存知でいらっしゃるようです。以心伝心ではないですか。赴任前に挨拶ができればいいと、ラインハルト様も仰っていましたからね」
 きっとラインハルトは美辞麗句が一つもない手紙の素っ気なさを相変わらずと評したのだろうが、キルヒアイスは悪戯を試したくなってしまった。
 からかいを悟ったラインハルトは、白皙の頬を一瞬ゆがめた後に、平静な口調を心がけているような態度で反論した。
「おれが、あいつなんかと以心伝心でたまるか。あの変な女なんかと…」
 ニーダーフェルトでの邂逅の後、ラインハルトはキルヒアイスは何度かオーディンの市街地でと顔を合わせた。最初は、普段は食べられないような美味しい料理や菓子を堪能しつつ会話するだけだったのが、何がどう転んだのか四度目辺りから雲行きが怪しくなった。五度目以降、と会う際には街中で穏やかに午後のお茶を楽しむという雰囲気ではなく、郊外の湖へ釣りに行ったり、牧畜を見学してなぜか乳搾りをしてみたり、季節であれば果樹園で果実をもいだりした思い出は、なんとも忘れがたい体験である。費用は全て持ちで、二人ともそれなりに意外な息抜きを楽しく過ごしたから良いものの、普通は考えられない遊び方だ。
『人生やらなきゃ損って言うし、ここじゃなきゃ体験できないし、二人も一緒だとなおさら時間も限られるし、貴重な機会は逃すべからずというのは戦術の基本でしょ?』
『お前に戦術の何がわかるんだ』
『…ブッフバルドやカントならわかるもんね。貴族令嬢を舐めないでよね!』
 そんな些細な反論の一言から意外なの知識が明るみに出て、時には戦術論や戦略論を戦わせる一面もあった。
「それでもラインハルト様は、のことを嫌ってはおられないのではありませんか」
「好き嫌いで言えば、嫌いじゃない。だからといって、それが好きと同項で結ばれる訳ないんだぞ、キルヒアイス」
「わかっておりますよ、ラインハルト様」
「…あいつがおれや姉上にとって敵対者である可能性も、捨てきれないんだからな。おれたちは、の身許の何一つ知らないんだ」
 ラインハルトは、憮然と、どこか吐き捨てるような口調で呟く。
 ちょっとした話題さえも。同年代の少年にありがちな日常会話で終わらせられぬ運命をラインハルトは背負っているのだと、こういう時キルヒアイスは不意に痛感させられる。
 ラインハルトとキルヒアイスは、という少女の詳細な情報を全く入手できなかった。
 連絡先を辿ろうとしても必ず行き詰まり、手紙に付された発送元を調べて、それが常にオーディンの中央郵便局から出されたことを知った。少ない貴族の伝手で同年代の黒髪黒目の令嬢の存在を確かめようとしたものの、何千人もの該当者がいると知って途方に暮れた。
 二人は、という少女の為人に触れ、何かの作為や悪意があって二人と交友関係を築いたわけではないと薄々感じてはいた。けれどの態度がコインのように裏返る日が来ないという確たる証拠は何もなく、ただ感覚のみで他人を信用するには、ラインハルトの置かれた立場は複雑にすぎた。
 皇帝の寵姫の弟。その名称が侮蔑とともに語られる場面に、二人は幾度となく接している。はラインハルトの名を知っている。よほどのことがなければ、宮中におけるグリューネワルト伯爵夫人の立ち位置も耳にしているに違いなかった。
「とにかく、の身許を調べてから敵か味方を考える必要があるだろう、そうじゃないか、キルヒアイス。おれには貴族の知り合いは多くない。仮にが信頼に足る相手であれば、今後、有用な情報をもたらしてくれる存在になることもありうるだろう」
 キルヒアイスは、きっとラインハルトが心のどこかで安堵したい気持ちを抱えているのではないかと思っている。だから、執拗にの身辺を調べたがるのだ。不安要素を排除したなら、と思い描くことがおありなのだと、キルヒアイスはラインハルトの言葉の端々に苦々しさを見つけることがあった。
 どことなく微妙な雰囲気で、会話は途切れる。三々五々、席を立ち始めた生徒達に気付き、始業時間も押し迫っている二人は朝食を片付けることに専念し、ものの五分で食器を空にし終えた。
 食堂を出て寮から校舎へ向かう道すがら、二人はへの返信内容を検討した。
「卒業式の後で、任地への出発前の間であればおれはいつでも構わない。後はキルヒアイスが好きに決めていい」
 先程の余韻を引きずってか、次の遊び場はどこだ、何をするのだろうと話題が弾むこともない。二人は黙々と、午前だというのに初夏の陽光に濃い影を作る並木道を急ぎ足で歩いた。
 それにしても、キルヒアイスはラインハルトの生き方の難しさを常に思案せざるをえなかった。
(ラインハルト様の世界は、既に敵と味方で区切られているのだろうか。有用と不要で、区別しているのだろうか)
 キルヒアイスはラインハルトが自分に向けてくれる友誼を疑ったことはなかったが、ひとりの友人として危惧を覚えるのだった。もし自分の考えが真実から近い場所にあれば、それはラインハルトにとって幸福なことなのだろうかという問いが首をもたげるからだ。
「急げ、キルヒアイス。教室を見ろよ、みんな着席しているようだ」
 ラインハルトは切り替えが早いのか、もう普段通りの顔をしてキルヒアイスの背を押した。
 予鈴の響きにいっそう速度を上げ、ついに二人は走り出した。廊下では規則通り走らず可及的速やかに歩き、教室に到着したのは本鈴の一分前、教官はそれから三十秒後にチャイムの前に姿を現した。
 教官はいくつかの伝達事項を読み上げた後、先日行われた卒業試験の結果を発表し始めた。全員分の成績を読み上げることはせず、成績優秀者の総合得点一覧を教室の立体画面に表示させている。
「首席での卒業は間違いなさそうですね、ラインハルト様」
 ざわめく教室の中、キルヒアイスは傍らに座るラインハルトへと微笑みを向けた。祝う気持ちと、誇らしい気持ちが彼の胸の内に半分ずつ居座っていて、やはり五年来の友の希少性は外見ばかりではないのだと、類いまれな才能への確信をいっそう深めずにはいられなかった。
 幼年学校での五年間を締めくくる最終試験の点数が示すには、ラインハルトは殆どの科目において最も高い得点を獲得していた。記憶力や問題把握力、そして応用力や創意工夫にも富む華麗なる友は、筆記科目は言うに及ばず、おおかたの実技においても余人の追随を許さなかったのである。
 ラインハルトは腕を組んで、ひとつ頷いた。自信が満ち溢れる様子であることに、他者が非難を向けられるはずもない。何しろ、彼はこの場にいる生徒達の誰よりも優れているのだ。それは幼年学校の課程における成績の話に限らず、おそらくもっと大きな枠組みの中でもそうであるはずと、キルヒアイスは冗談ではなく思う。そう信じさせるに足る、貴族とは名ばかりの少年たちが持ちえぬ輝きをラインハルトは十五歳にして既に纏っていた。
「当然だ…と言いたいところだが、射撃と白兵戦に関してはキルヒアイスとイェーガーには劣るな。お前に負けるのは悔しくないが、お前以外に負けるのは不本意だ」
 この友人は本当に欲張りで、その望みは遥か高みにあるものなのだとキルヒアイスは同い年だというのに微笑ましくなる。少し憮然とした表情のラインハルトの瞳が、左奥の窓際へと動く。視線を辿った先にいる薄い金茶の髪にそばかす顔の少年は、室内の喧騒など素知らぬ顔で窓の外を眺めていた。
「イェーガーの射撃センスは、本当に天才的でしたからね。私やラインハルト様の腕前も負けていなかったと思いますが、彼ほどの逸材は恐らく百年に一人というところでしょう」
 普段は茫洋として見えるものの銃を手にすると途端に眼光鋭くなり、空中を縦横無尽に動く的たちや、三百メートルも離れた掌ほどの目標を鮮やかに撃ち抜くのだから、人とは外見では推し量れぬものである。
 そのイェーガーもまたラインハルトとキルヒアイスと同様に、幼年学校卒業と同時に前線に着任するという話も聞こえていた。狙撃の腕を買われてのことと言うが、それは残酷な名誉かもしれないと、キルヒアイスは言葉にせぬものの胸が痛んだ。銃を撃つ時には、射手は相手を見なければならない。敵を捉え、照準を合わし、引き金に指をかけ引き、目標を過たず撃ち抜く間も、そして相手がくずおれる姿さえも目を瞑ることができないのだ。それはきっと、宇宙空間で戦艦同士が砲撃を交わし合うよりも、冷たい現実に違いない。キルヒアイスも射撃は得意でイェーガーに次ぐ成績を修めていたが、戦場で実際に撃つ想像をすると背筋が震えそうになる。
「でも、おれは他の科目ではあいつに勝った」
 憮然としたラインハルトの声が、子供のように意地を張っている。キルヒアイスは窓際の少年から、傍らへと視線を戻した。
 五年前の春、隣家に越してきた天使の片割れはいまや背丈も伸びて骨格も鋭角さを増し、愛らしさよりも精悍さを均整のとれた肢体から放つようになっていた。同じくキルヒアイスもラインハルトと速度を競うように身体は成長し、肩幅も手脚の長さも五年前と比べるべくもなく、ときおり会う両親には会うたび大きくなったと感嘆まじりにこぼされる。
 無論、変化はラインハルトとキルヒアイスの外側だけでなく内側にも及んでいる。二人の奥深くに根ざしていた願いは、大樹となって葉を茂らせ、実りを待ち侘びている。その日までにさらなる手入れと栄養が必要だろうが、それでも二人は大切なものの喪失に嘆くしかなかった昔と違って戦う術を得たし、願望を実現する階に足を掛けうるまでに至ったのだ。幼年学校の卒業は目前に迫り、二人は来月の半ばには戦地へ赴いているはずだった。
 そこできっと、キルヒアイスは人を殺すのだった。これまでラインハルトと並んで拳で相手を薙ぎ払ったように、銃を手にして敵を撃つだろう。
(何があっても、この方についていくと決めたんだ)
 この冬、ある噴水の前でラインハルトが語った言葉を、キルヒアイスは忘れられないでいる。
『ルドルフに可能だったことが、おれには不可能だと思うか?』
 ラインハルトは、銀河帝国において至尊の御位にある皇帝も元をただせば簒奪者の血脈に過ぎず、ゴールデンバウム王家の威光も所詮は作られたものだと喝破した。その上で、自らがその地位になり仰せぬことも出来ぬはずがないと、キルヒアイスをその道行きの供として誘ったのだ。
 それを、世間知らずの少年の無鉄砲な絵空事だと片付けるのは簡単だった。きっとラインハルト以外が口にして、キルヒアイス以外が聞いたなら、ずいぶんな大言壮語だと笑うか、不穏な国家反逆的な不敬罪だと騒ぎ立てたことだったろう。
 だが幾多もの星が輝く寒空の下、オーディンの片隅の公園で、ラインハルトは胸に秘めていた野望を彼に示してみせたのだ。あの日、アンネローゼを奪われて失意に沈んでいるばかりだったキルヒアイスの前に、幼年学校へ通って戦へ身を投じることで優しい人を共に取り戻そうと手を差し伸べてくれたように、銀河帝国の未来の姿を眩い光で描いてみせた。
 そしてキルヒアイスは、新たな時代を導く剣を掲げた金髪の天使に従う道を、自らに課した。ラインハルトの露払いをするためになら、どんなことも厭わず、我が身さえなげうつことも考えよう。人を殺すことさえ、してみせる。そのようにキルヒアイスは決断し、そして慈悲も一時的に捨てることも躊躇しない心構えを持とうと決めた。
 たった一人の、権力の後ろ盾さえ殆どない同い年の少年に賭すには、過大すぎる期待や信頼なのかもしれない。だが自分の信念が正しいのか誤りなのかは、いずれ来る日にわかることだろう。
「ええ、何者もラインハルト様より勝るわけございませんよ」
 キルヒアイスは本心から告げたのだが、ラインハルトの女神も嫉妬すると言われる造作のうち、蒼氷色の瞳が細められ、少々の不満が灯った。
「世辞を言うキルヒアイスなど嫌いだ。それに、おれが持たない力を持つ奴らは帝国にまだごまんと居る。そうじゃないか、キルヒアイス?」
 さすがに後半部分の声がひそめられたのは、爵家出身の少年も多い教室という場所柄への配慮あってのことだろう。大望を掌中に握らんとする友人が、揉め事に自ら関与したがる癖があることをずっと傍らにいた彼はよく見知っているが、そうする時と場合を考慮するだけの判断力も充分に持ち合わせていることも勿論わかっている。
 キルヒアイスが口を開くより早く、教壇に立った教官が大きな咳払いをして成績発表に伴って生じた喧騒を打ち消した。
 だから二人の間の会話もそれきり途切れたものの、海の青と薄氷を思わせる蒼が交叉したときには、互いの内心は間違いなく一致していたとキルヒアイスは信じていた。
(けれども、ラインハルト様は勝つおつもりでしょう)
(誰にも負けはしないさ。宇宙を手に入れるまでは)
 今後の予定や卒業式の日程を耳にしつつも、二人の心は既に遠く幼年学校を離れて、未来へと羽ばたきつつあった。


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