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 広大な恒星間にまたがる銀河帝国の帝都というだけあり、オーディンの街並みは の予想以上に壮麗だった。
 単に人・モノ・金・情報が集まる機能的重要性を持つばかりでなく、銀河帝国の歴史を伝える建築物や文化遺産が数多く存在し、活気に彩りを添えていた。それらが皇帝や貴族といった特権階級の遺産であることや背後にある民衆の苦汁にさえ目を瞑れば、観光する見所には困らないな、と は思った。
 宇宙港からオーディンの中心へ向かうに従い、徐々に壮麗さは度を増していく。
 明らかに貴族の邸宅ばかりが立ち並ぶ一角、というよりはほぼ一つの町のような大きさの敷地に、現在のところ最も権勢を誇っていると言って過言ではないブラウンシュヴァイク公爵家の屋敷があった。
 ブラウンシュヴァイク公爵家は帝都オーディンからやや離れた星域に広大な領地を所有しており、本宅はそちらにあるのだという。だが貴族たちは皇帝の居城に最も近い場所でたむろすることを好み、またそうして無憂宮殿に出入りできることが一種のステータスでもあったので、しばしば彼らは権力の家城をオーディンに建設した。公爵家も例外ではなく、オーディンの一等地に圧倒される広さとゴージャスな館を構えているわけだった。
(ここまで来ると、本当、感心するしかないなー)
 ローバッハ伯爵邸を見た時には金の無駄遣いだと憤りがわいたものだが、ブラウンシュヴァイク公爵家の追随を許さぬ金のかかり具合には、いっそ文化財として保護する方がよいのではないかと思えてくる である。庶民から吸い上げた金を使うからこそ可能な豪華さだろうし、ラインハルトが台頭すれば同じような建築物は二度と作られないだろう。
(あー気後れする)
 うっかり転んでそこのいかにも高そうな飾り壷を壊したら、いかほど帝国マルクが飛ぶのだろうかと、エリザベートの待つ一室へ案内されつつ は思った。
 相変わらず身にそぐわぬ豪華さには慣れない。そうでなくても「あの」門閥貴族ブラウンシュヴァイク家の只中なのである。普通の貴族令嬢なら大貴族の茶会に呼ばれたとあれば飛び上って喜ぶのだろうが、 にとっては一種の拷問に等しい。エリザベートと知己となっていなければ、まず間違いなく仮病を装って行きたくないと駄々をこねたはずだ。
 できればブラウンシュヴァイク家との繋がりは最低限に抑えたい、というのが保身からの思惑ではある。
 平穏に暮らしたいのだ。
 リッテンハイム侯爵家に睨まれたくないし、リップシュタット戦役で流刑にされたくはない。
 しかしこうしてお茶会に招かれれば、 は参上せずにはいられなかった。
 ブラウンシュヴァイク家の誘いを断ること即ち、皇帝の娘アマーリエや帝孫エリザベートのご機嫌を損ねることで、保身以前に自ら首を締めるに等しいことだった。誘いを受けようが受けまいが、どちらにしろ貴族の勢力図に巻き込まれていくことには変わりがない。それならば高圧的ではあるがある種、放っておけないと思ってしまったエリザベートのいるブラウンシュヴァイク公爵家とお近づきになった方が、比較的「マシ」だと思ったのだった。
、本当にこの菓子は美味じゃな」
 心底満足そうな声に、 は思索の淵から目の前の幼い少女へと意識を戻した。小さく笑って、自分の目の前に置かれた分の菓子もエリザベートの方へ寄せる。
「こちらもどうぞ。私はいつでも食べられますし」
「うむ」
 全く遠慮する素振りを見せず、エリザベートは繊細な菓子をつまみあげ口に放り込む。豊満なほっぺたをむぐむぐと動かし、菓子を堪能している。
「お約束通り当家の料理長も伴って参りましたので、明日からはエリザベート様もいつでも召し上がれますよ」
「エリザベートはこの菓子を本当に気に入っているから、貴女のお気遣いが嬉しいわ」
(だけどそんなの当然って顔してるよな……)
 共にテーブルを囲んでいるアマーリエに言われ、 はとんでもないと謙虚に、こちらこそ感謝しているのだという表情を形作って見せた。
「先日は過分な見舞いを頂戴しました。このようなことでお役に立てるなら、幾らでもご用意致します。そのように父や母も申しておりました」
 料理長を連れて来てレシピを伝授するくらい、実際に大して労力はかからないので、庶民の平均年収額に相当する見舞に対する礼はし過ぎてもし過ぎることはないだろう。加えて同席できなかった両親からは、くれぐれもお礼を伝えて懇意になってもらえというお達しを受けていた。
「お気になさらないで、エリザベートも貴女を気に入っているようですし、あの程度は当然のことです」
 ぽんと大金が出せる辺り、その当然の基準は間違っていると は思った。アマーリエも皇族に連なる一員だったので、常識からはみ出していても不思議ではないのだった。
! お母様とばかり話しておらずに、わらわと遊ぶのじゃ!」
 アマーリエと互いににっこりと社交上の笑顔を突き合わせていたところに、あらかたの菓子を平らげたエリザベートが割り込んだ。その母親を窺うと、遊んでやれとばかりに大きく頷かれ、 は幼い令嬢に向き直る。海のように心を広く構えることを心がけた。
「エリザベート様、それではどんなことをして遊びますか?」
「こちらじゃ!」
 立ち上がったエリザベートに手を引かれ、 はお茶をしていた日当たりの良いサンルーム(屋敷の中だと言うのに植物園の温室級の広さだったりする)から連れ出され、人形遊びやお絵描きに興じることになった。遊び部屋まで移動する間に、いつのまにやら現れた侍女たちに加え、フェルナー大尉(彼も昇進したらしい)とヘルツ大尉が護衛として後ろに付き従った。
(うっ…さすが大貴族…)
 遊ぼうと差し出された人形の繊細な顔立ちややたらと豪華な布地の服に、触れるのが勿体ないと は思った。あちらの世界では博物館に所蔵されるレベルではないだろうか。
 エリザベートは他にも沢山の玩具を持っていたが、そのどれもが手の込んだ品であることが伺えた。そして一つの玩具に飽きると、エリザベートは芸術ともいえる細工の玩具をなにも気にせず投げ捨て、次なる遊びを始めるのだ。
(貴族教育って、無駄を教えることだったりして)
 人格形成に多大なる影響を及ぼしそうな遊び環境である。
 飽きるのがめっぽう早いエリザベートに、 は普段しなさそうな新たな遊びを教えることにした。
 手遊びという、金がかからない遊びだ。人が二人いればよい。
 ヘルプ機能の中から思い出せる3拍子のメロディを使って適当に手の動きを振りつけ、エリザベートと二人向かい合って手を打ち合わせる。
、そなたが間違えたのじゃ、もう一度じゃ」
「はいはい、私が間違えましたよー。それじゃ、最初から」
 やや不器用なエリザベートに根気よく手の順序を教えるのは骨が折れたが、うまくできるようになったら嬉しそうに何度も手遊びをせがんだ。
 遊びながら は、願わくばこの遊びで友達や信頼できる仲の良い侍女を見つけて欲しいと思った。
 遠来の客だからとエリザベートが喜んでいるのではないと、 には感じられた。おそらく「まともな」友人がいないのではないかと、 はエリザベートの寂しさを思った。
 ゆくゆくは女帝の座につくこともありうる子供。そして権勢を誇る門閥貴族の娘という事実。
 損得勘定と、権力への遠慮。
 こうして朗らかに遊びつつも、 だってブラウンシュヴァイク家に睨まれたら怖いという遠慮がある。
 だが、小さな子供と遊ぶことに何か利益を見出そうとは思ってはいなかった。だから顔色をうかがっておもねったりはしない。それが公爵家の令嬢にとっては嬉しいのかもしれなかった。
 ブラウンシュヴァイク公爵家が没落した時、この子はどうなるのだろうかと はふと思った。
  が知る範囲では、没落後のエリザベートの運命は描かれていなかった。推測するにリヒテンラーデ侯爵一族と同じように、おそらく女子供は辺境惑星へ流刑となったのだろう。その辺境とは 家の門地の如く整備された環境ではなく、もっと過酷な気候でうらぶれた場所なのではないだろうかと、 は想像した。
(どうしよう……)
 今後のためにも、門閥貴族とは接点を作らないでおこうと思っていた。けれども は、こうしてブラウンシュヴァイク家のお茶会に呼ばれる立場となり、エリザベートとも親交を結んでいる。
 見捨てるのか、と意識した。
(ああ…これって大問題かも。エリザベートだけじゃなくて、キルヒアイスとかどうするよ……)
 死ぬ運命を変えたいと思う自分がいる。
 自分を慕う目の前の幼い子供を、見捨てたくないと思う自分がいる。
 その思いを叶えることが、可能だろうか?
 でも救った時点で、自分の知るこの世界の未来の姿が変わってしまうのではないだろうか。
(いや、そもそも私、ここで何して生きていこう) 
「あ、また間違えたぞ、 、なんじゃ、わらわに教えておいて間違えるのか」
 打ち合わせるはずの手が空を切り、 はエリザベートの丸い笑顔に意識を戻した。
 とりあえず今のところその選択は保留しておくべきだろうと、思考を一旦停止させる。10年後も自分がここにいるとは限らないではないか。
(でも、もしいるなら。これからずっと、ここで過ごしていくなら)
 どうすればよいのだろうかと、 は公爵家の少女の運命と自らの未来を思い描きながら、心あらずの状態で手遊びに興じ続けた。



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