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 子爵令嬢となってから、気付けば半年が過ぎていた。
  は窓の外の宇宙空間を眺めつつ、矢の如く過ぎ去った時を思った。
 最近では、こちらへ来た(というか、飛ばされたというか、なってしまったというか…)時からどれくらい経ったと数えるのも忘れがちである。それ程に、子爵令嬢の毎日は多忙であり、面白い。
 そう、面白いのだった。
 銀河帝国の諸制度や経済の仕組み、社会構造についてはだいぶ知識がついた。
 何しろ選りすぐりの専属家庭教師が幾人もいて、総勢六人から政治学や法律、経済構造などなどの教授を受けていた。 は故郷のそれと比較して、帝国貴族典礼の馬鹿馬鹿しさを一人楽しんでいたりもする。
(そもそも絶対君主制ってのが、馬鹿げてるんだけどさ)
 人類を三角形のヒエラルキーに見立て、一番てっぺん俺偉い、俺が法律とやるのが絶対君主制である。
 ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムだって元はただの人間であるし、それは皇帝や貴族、平民問わず万民がそうなのだが、明確な階級の存在する社会はそれを認めないのだった。
 皇帝を最も偉い人間として君臨させ続けるために、皇帝神聖化のための血統主義が現れる。血筋が家柄の、そして一人の人間の正統性や貴さを証明するシステムである。そして皇帝に近い血筋ほど、より良いとされるようになり、皇帝との血筋の距離が貴族の序列を決めるようになる。これが門閥化だった。
 皇帝も貴族も様々な特権を利用し、自分たちが特権を受けるに相応しいと、多数派である平民たちに教え込んでいく。
 これで彼らが有能であるならば、究極のエリート構造として政治も経済も上手くいったかもしれないが、血統が必ずしも人格や人間性の継承に役立たないところがミソなのだった。
 特権階級の人間がいつでも偉大な人格者とは限らず、凶暴で残忍な君主や貴族が登場してしまうと、皺寄せを味わうのはいつでも権力をもたない平民たちだ。
 考えてみると、今まであまり意識しなかったが、自分は民主主義社会に生まれたんだと は納得した。
 あちらでは、自由、平等、自立という理念の下、何かを自分で決める権利というのがある程度は担保されていた。
 だから自分の頭で考えることが必要だった。貴族とは違う種の上位の社会的地位が存在していたとしても、それは何かの免罪符にはならなかった。不条理に貴族の暴力に耐えなければならなかったり、仰ぐ君主(ここではゴールデンバウム王朝)を選べないよりは、よっぽど健全なシステムだと思う。
 とはいえそんなことを銀河帝国において口に出そうものなら、危険思想の共和主義者として国家反逆罪で捕まるので、その辺は心の奥底に仕舞っておこうと決めている。
 とりあえずは沢山勉強して、そのうち子爵領でちょっと自立の気風を育む形を作ってみようと、別世界からの来訪者たる は思ったのだった。
 しかし家庭教師の内の一人である青年ならば自分の考えも多少は理解してもらえるかもしれないとも、 は思っている。
 のちにラインハルトに工部尚書として重用されることになるブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒならば、割と開明的な思想も理解してくれそうだった。
 家庭教師として彼が現れた際には、挨拶を交わしながら内心驚いた だった。
(わーお、もしかして 領での手腕が認められてラインハルトに引き抜かれる…とかじゃないよね?)
 思わず未来を考えてしまったが、とにかく彼の有能さは既に の中でも原作で確認済みの事項だったので、心おきなく講義を受けて質問をぶつけたることができた。
 シルヴァーベルヒ家とはどこかで縁戚関係があるらしく、その伝手もあって大学を出たばかりの彼は、数か月前から帝国中央省庁のどこからか出向の形で 領へ派遣されてきている。どんなに優秀な官僚といえど、第一歩は下積みの辺境勤務を経るのが銀河帝国におけるキャリアルートで、その出向組エリートの有能さを短期間のうちにコンラッドは認め、週に一度、子爵家令嬢の教師役を与えたというわけだった。
 彼は貴族令嬢の家庭教師役など全く気が進まなかったが、領主の頼みを断るのは政治的によろしくないと 家へやってきた。
 の知る未来では、シルヴァーベルヒは後のローエングラム王朝において工部尚書の座に着く野心家の俊英という描写がなされていたが、帝国歴四七七年現在の彼はまだ二十歳になったばかりで、あけすけに言うなら自らの出世を疑わぬ自信家ぶりが暑苦しい男だった。とはいえ、実際にこの男は知識豊富で頭の回転が速く、旧来のやり方に囚われぬ発想の持ち主で、あながち根拠のない鼻の高さではない。加えて、彼は彼なりに制度の腐敗ぶりを憂い、世を変えたいという意志があっての出世欲(と自己顕示欲)なので、クセは強いが悪い人間ではなかった。
 それに、シルヴァーベルヒは意外にとはウマが合った。というのも、は銀河帝国の常識に全く疎く、この時代にあっては古典的かつ御法度の民主的視点からの発言をしがちなのだが、それが彼には珍奇かつ新鮮に思えるらしい。
「フロイライン・は、どのようにしてそのような発想を持つに至ったのだ? 私もこれまで手広く学んできたが、貴女の思考回路は全く読めぬ」
「…地球時代の史書を沢山読みましたの」
 はヤンに倣って、人類の過去を辿ったということにしておいた。どんな本だ、誰が書いたものだとうるさかったが、忘れました、恐らくA.D.二千年前後のものですの一点張りで通した。下手に具体的な題名を挙げて、今やデータが残っていないとなったら困るのだ。が曖昧に答えていると、そのうちシルヴァーベルヒは勝手に納得して引き下がった。
「あまり公に言えぬ類の本と言うことだな? 抜かったな、あの分野にはまだ手を出していない」
 と、呟いていたので、恐らく彼はが帝国における発禁書、つまり民主共和制に関する資料を読んだと想像したのだろう。かくしてシルヴァーベルヒの中に開明的思想が芽吹くことになるとは、はもちろん、余人のあずかり知らぬところであった。
  が中身となってからの ・フォン・ 嬢に接した誰もが感じたのと同じく、彼も幼い少女の早熟さに舌を巻き、才能を更に伸ばそうと積極的に知識を分け与えることに励み、山ほどの課題をその期待ゆえに少女に与えた。
(うう…あっちの世界にいた時より、数倍勉強してるよ!)
 衣食住を心配せず何もかも使用人がやってくれるとあって、 がすることは勉強と趣味のお菓子研究、歴史的食品(豆腐は 家内で再現済み。最近は味噌汁を飲みたいと思っている)復活作業くらいしかない。
 シルヴァーベルヒ以外の教師も似たようなものだったので、一日のスケジュールを記してみると学校へ通っているのと似たようなものだな、と は思った。
 ひとつの授業は2時間として、6人の教師に加えてコンラッド直々の軍学と、ヘルツと最近はカイルも加わっての護身授業、礼儀作法などの教養レッスンで、大体一週間に10コマ、一日に二つの授業をこなしている計算だった。
 朝9時から午前の授業、昼食を挟んで午後の授業を行い、終わるのは昼下がりで遊ぶ余裕はたっぷりあるかと思いきや、しっかり出される課題にもそれなりに時間を費やさねばならなかった。
 そうして夕食と風呂、寝支度を整えた後、ようやく一息つける だけの時間が得られる。
(今日も沢山勉強したなぁ。さて、今夜は…)
 その時間は、どうやらいつ元に戻れるか分からないと覚悟を決めたあたりから、原作の知識を思い起こしてアウトプットすることに費やしていた。
 早く書き出さないと記憶が薄れると焦ったこともあり、作業を始めて二ヶ月ほどで自分が覚えていることは漏らさず記述できたと思う。
 データを誰かに見られたら物凄く面倒なので、紙のノートに日本語の手書きで暗号化はばっちりだ。仮に見られたとしても、未来のことを知っているとばれる心配はない。それに加えて、ヤンやラインハルトたちの用いた戦術を思い出し得る限り三次元ホログラム内にインプットする作業も行っていた。それらのデータは外部記憶に保存して、 の宝箱(実はユリウスからの贈り物。ちゃんと鍵がかかる)に、今は入れられている。
 全ては、万が一の保険である。
 十年このままとは冗談ではないと最初は思っていたが、あながちその可能性がなきにしもあらずと感じ始めていた。
(だって、こういう不思議につきもののお前は選ばれたのだーとか、これをしないと帰れないぞ、っていう神様のお告げみたいなの、何もないんだもんなぁ)
 自分が知らないだけで実は別世界への神隠しは空想などではなく実在していたのかもしれないと、科学では説明できない体験をした は思っている。

 そのように のお宝未来情報が形になって以降は、夜の憩いの時間はエリザベートやメルカッツ家のテレジア、学友となりつつある(ネタがいつも勉強の内容に傾くから)ユリウスに手紙を書いたり、たまにヴィジホンで会話したりという友達付き合いをしていた。更に、コック長に作ってもらいたい料理を考えたり、ブラウンシュヴァイク家から貰った庶民の平均年収に相当する額の見舞金を元手に投資したりと、やるべきこと、やりたいことは尽きないのだった。
 投資の方は趣味の領域に入っているが、飲食店を経営している。
 二店舗あって、片方で供するのは が復活させた故郷の食べ物、寿司だったりする。魚の生食は銀河帝国では一般的ではなかったらしいが、海の近い 領では割合、受け入れられている。あちらの世界でそうだったように、世界中、もとい宇宙中に流行らせるのが目標だ(というか、自分がどこでも食べたいという邪念があったりする)。
 もう一方の店は、これもまた があちらの世界の知識から引っ張り出した、こちらでは残っていなかった類のお菓子を出すカフェだった。寿司とは違って文化的ハードルが低かったので、美味しいと領内では結構評判になっているらしい。庶民、貴族の別なくウケる菓子というわけだった。

「ふっふっふ…」
「…どうした、いきなり笑って」
 背後に気配を消して控えていた護衛の存在を忘れて一人笑った少女に、また想像の及ばぬ変なことを考えているのだろうかとカイルは問い掛けた。
 訝しげな声に は広大な宇宙空間の闇から目を離して振り返り、壁に寄り掛かって立つ黒髪の青年をみやる。
「あ、出ちゃってた。いえ、楽しみだなーって。私、オーディンって初めてなの」
「田舎者だな」
 カイルはにべもなく言い捨てた。 は憤慨したりはせず、うんうん頷いて同意する。
「その通り。 領は辺境ですから」
(田舎者もなにも異世界人ですから!)
  家所有の戦艦アウィスに乗り込んで既に四日、 星系からワープを幾度も重ねて、650光年の宇宙の旅も終りに近付いていた。
  の胸は期待に踊るばかりである。
 なんといってもオーディンには、物語の主役や重要人物たちがわんさかいるはずなのだ。ひょっとすると街角ですれ違うこともあるかも、なんて期待してしまうのも無理はないというものだ。
 果てなどないように広い銀河の片隅、辺境の 星系では物語の舞台であるオーディンとは離れ過ぎていていまいち物足りなさを味わっていたのだが、このたびブラウンシュヴァイク家のエリザベート(正確には母親のアマーリエが手配したのだろう)から内々のお茶会の誘いがあり、いそいそと ・フォン・ は銀河帝国の中心へ向かう旅支度を始めたのだった。曲がりなりにも門閥貴族の誘い、無下に断ることなどできるはずもない。
 当初はヨハンナやカールも同道するはずだったが、どうしても外せない急な葬儀が入り、 は結局、コンラッドと共にオーディンへ赴くことになった。ひとりでも構わないと主張したが、聡明であるとはいえさすがに10歳の子供を一人で遠方へ出すことには、誰もが反対したのだった。
 コンラッド以外にも身の回りの世話をする侍女のゼルマや護衛のカイルは勿論一緒であるし、オーディンへ着艦後はヘルツ大尉も同様の任にあたる手筈になっている。
「お前が笑ったのは、どうせそんなことだけじゃないんだろう? さっきも何やら料理長と色々と話していたみたいだしな」
 琥珀色の瞳を細めて探るように言うカイルに、 は口の端を上げて応じた。
「よく見てるのね」
「護衛だからな」
 今回の旅には子爵家お抱えの料理長も伴っている。
 目的は、お菓子と寿司の売り込みである。
 菓子の方は、貴族でも最も地位の高いと言えるブラウンシュヴァイク公爵家の口ききがあれば貴族社会、ひいては一般庶民にも広まっていくのではないかと考えたのだ。何しろ件のほろほろ崩れるクッキーは、エリザベートも大のお気に入りで、来る際には必ず用意してきてくれと言われているくらいだ。 としてはエリザベートへ会いに行くことも一応は楽しみな目的ではあったが、ついでに営業活動もできれば一石二鳥というものだと考えていた。
「まあそれもあるけど、本当に楽しみだもの。ユリウスやテレジアにも会えるし、博物館と図書館に寄って、他にも見て回りたいところはいっぱい! カイルはオーディンに長くいたんでしょう? 案内して欲しいなぁ」
「お前みたいな子供に案内する場所はないな。あと五年、いや十年は育ったらどこかへ連れて行ってやろう」
 この数か月で、互いに笑いあって会話できる程度には仲を深めた二人だった。とはいえカイルは仕事柄、簡単に他人に気を許すことはないだろうと、表面上だけのものかもしれないと は思っている。
 けれど殆ど一日中、連れ添って歩いているのに、気まずい沈黙に支配されないだけでもマシである。
「私は十分、精神的には大人でしょ」
「中身はともかく、外見が小娘で酒が飲めるか」
「自分だって未成年のくせに!」
「お前よりは、大人の経験は色々としてきたつもりだ。他人の決めた基準なんてくそくらえだろう」
 カイルはヘルツに何度か苦言を呈されてもフランクな口調を変えようとしなかったし、 も特に彼の物言いを気にしなかったので、カイルは一応の主筋である に対してもへりくだったり、敬語を使ったりはしない。 としては故郷にいた頃の友人と話しているようで懐かしく、丁寧すぎないカイルとの会話を楽しんでいた。
 しかしさすがに老齢の威厳あるコンラッドに対しては、カイルも口調を改めるよう気を使っているようだ。
 そのコンラッドといえば、久々に戦艦に搭乗したということで、 をこの三日間さんざん連れまわして艦内を視察し、同時にあれこれ説明して勢い軍学の授業を始めたり、過去の軍人生活の思い出話をしたりと、旅の途上を楽しく過ごしていた。
 今もゲーテ艦長と艦橋で近頃の私兵団について意見交換しあっていることだろう。 は途中まで一緒にいたが、料理長との打ち合わせやユリウスとの予定のやりとりをするために席を外し、高級士官用(つまりVIP専用なので、領主一家のお部屋なわけです)の談話室に下がっていた。
「お嬢様、もしオーディンでの案内役をご所望でしたら、適任の者がおりますわ。ご予定を全て済まされてまだお時間があるようでしたら、その者に案内させましょう」
 そういって二人の会話に加わったのは、 ・フォン・ の優しい側つき侍女のゼルマであった。
 彼女は冷めてしまった紅茶を手際よく入れ替え、湯気を上げる新たなティーカップをそっとテーブルへ置いた。屋敷外のため、今日は彼女もメイド服ではなく控え目な色合いの普段着を纏っている。
「案内役?」
 思い当たる人物が咄嗟に思い浮かばず、ソファに移動した はゼルマに言葉の続きを促した。
「お嬢様もよくご存知の者ですわ」
(私も知ってる? うーん)
 何しろ温室育ちの令嬢であったため、 嬢の社交範囲はほぼ限定されている。 となってから会った相手で思い当たる節がないとなれば、ヘルプ機能の出番だった。
 身の回りでオーディンへ赴いた者、と考えてふっと浮かんだ名は、目の前で微笑むゼルマの息子のものだった。
「ロルフ?」
「ええ、左様です。大学へ進学するために半年ほど前にオーディンへ移りましたでしょう? 少しは慣れて、彼の地のことも心得ているはずですから」
 意識すれば、次々にロルフに関する記憶が蘇ってくる。自らのものではない体験が自分自身の事柄のように思い出せるヘルプ機能は、何度経験しても不思議な仕組みだと感心する。

 ロルフ・エーデルバーグ。ゼルマの息子。15歳くらいで、母親に似て色素の薄い彼は、髪の色はプラチナ、瞳の色は菫色と、なんだか美少女風の顔立ちをした少年である。
 ゼルマよりも細面で繊細な造作は、 のまだ見ぬゼルマの夫に似たものだろうかと考えていると、衝撃の事実が発覚した。
(ま、まさか…)
 ふと思い出された情報のゼルマ夫として浮かんだ顔が、実は もよく知る 家の忠実なる執事クラウスのものだったことに、 は驚愕せざるをえなかった。
 確かに夫妻の年齢は50前後と30代半ば、ロルフは15歳なのだから決してあり得ない話とはいえない。夫婦の歳の差が15くらいならば、珍しいが皆無というほどでもないだろう。
 何よりクラウスの顔立ちは綺麗とな部類の造りで、彼の顔立ちに母親成分と若さが加われば、ロルフ少年が出来上がりそうだと、血の繋がりを窺わせる共通点は幾つもあった。
よりよほどお淑やか系…かと思いきや、そうでもないか)
 彼は顔立ちに似ず、性格はとてもクールに育ったらしい。むしろ、その美少女的顔立ちゆえに強くあらねばならなかった、というのが真相のようである。愛想が不足している、とは母親ゼルマ言だ。
 とはいえ何事にも例外はあるもので、侍女の息子で年頃も近く、一人っ子の にとっては兄のような存在の幼馴染だったらしいロルフは、お嬢様にはそれなりに愛着を持って接していたようで、花のように微笑む幼いロルフの表情が幾つも浮かんでは消えた。
(あれ…でも最近の顔がよくわからないな…)
 ゼルマによれば半年前、ちょうど になる少し前に彼は帝都オーディンへ旅立ったらしいのだが、その割には彼の記憶があやふやだった。
 考えても分からないことは他人に聞くに限る、が のモットーだったので、彼女はその通りにゼルマへと問いかけた。
「でもゼルマ、私、ロルフとは近頃あまり…」
 会っていないのではないかと言葉を続ける前に、ゼルマは申し訳ないといった表情を作った。
「息子も少々気難しい年頃でしたので、お嬢様と素直に接することができなかったのですわ。主たるお嬢様がオーディンへいらっしゃるというのに、たとえ勉学に励む身とはいえ使用人である息子はお嬢様のご案内をするのが本来の役目というものです。もともと顔を出すことにはなっていたのですから、お気になさらず使って下さいな」
 早速連絡をせねばと穏やかに言うゼルマに、 は否とは言えなかった。
(思春期の難しいお年頃ってやつね)
 中学に進学したらそれまでの幼馴染と全く話さなくなったとは、故郷ではよく耳にした話だ。
 つまりはゼルマは暗に、 とロルフの仲がうまくいっていなかったことを肯定したのだが、彼と自分の立場上、これから接することを避けて通れない。関係改善の機会は作って損はなかった。
 さらに息子が案内役となるなら、側付きであるゼルマとも接する時間が増えるだろう。離れて暮らす息子は気にかかるだろうと、 なりに気を使ったのだった。
 とはいえ、さらに根本的な理由としては美少年に会ってみたいという個人的欲求があったりするのだが。
 近頃は親しくしていなかったのも、考えようによっては好都合である。 の内面の劇的変化について、突っ込まれる可能性が低くなるというものだ。
(それに、勉強してる大学の様子も聞きたいし) 
 家庭教師との贅沢な授業を存分に受けているとはいえ、銀河帝国の大学という場所には惹かれるものがある。銀河帝国の最高学府といわれるオーディン帝国大学には、帝国全土から集められた教授陣が揃っているだろう。階級制度の弊害はあろうが、それでも勉強するのに議論を交わせるような学友が作れるかもしれないと思うと、 は大学に対する興味を抑えられなかった。
 ロルフもオーディン帝国大学の学生となっていたので、 はロルフと会った時にはキャンパスライフについて訊ねてみようと思いながら、ゼルマの淹れてくれた美味しい紅茶に口をつけた。




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