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 胸中の思惑を顔に出さないで済む程度には腹芸を会得している は、いまだ琥珀色の瞳でこちらを面白そうに眺めている男と対峙したまま、この状況に至った経緯を訊ねることにした。他にも色々と尋ねたいことはあるが、この男がこうしてここにいるのは、何はともあれ 家の護衛になるためなのである。
「別に誘拐をあなたがやりたくてやった訳じゃないっていうのはわかったけど、それで、うちみたいな辺境貴族の護衛に収まろうと思った理由は?」
  の目前で頷いたカイルは、そういえばこれは雇用のための面接だったのだな、と今更のように呟き己の事情を語り出した。

 カイル・シュッツが 家の門を叩くことになったのは、彼を取り巻く状況の帰結と単なる直感に起因していたという。
 属していた組織から捨て駒扱いされ、有体にいえば死ねと言われたも同然のカイルは、ローバッハ邸から逃亡した後、のこのこと組織に顔を出したりはしなかった。組織に特段の忠誠を誓っていた訳ではなく方便として利用していた集団だったので、お前はいらないと投げ出されたことに対してカイルは特別な思いを抱いたりはしなかった。しかし、組織が彼の命に危機をもたらしたことは紛れもない事実だった。
 彼は長年(子供の頃から裏世界に出入りしていたらしい。その辺は怖くて突っ込めない…)の経験から、やられたらやり返すという報復こそが我が身を守ることを承知していたので、己の流儀に則ってオーディンにある組織の本部へ目的を果たすため足を運んだのだった。物騒な武器を山ほど抱えて行くなんて無粋な真似はしなかったという。
「ゼッフル粒子発生装置を撒いて、一発撃ち込んで終わりさ」
 握った掌をぱっと開いて見せるカイルの表情は変化はみられず、特に面白そうというわけでもなかった。幸いなことに、彼は暴力に興奮を覚える性質ではないようだ。
「ああ…そういえば先週、オーディンの繁華街で爆発事故があったって…死者30人くらいだっけ…」
 毎日の習慣としているニュース視聴で見かけた項目を思い出し、 は呆れながら呟いた。
 大量殺人の告白を受けたというのにいまいち恐怖も感慨が湧かないのは、カイルの淡々とした口調のせいもあったし、やられたらやり返すの人生哲学には自分と通じるものがあると思ってしまったからだろう。
(言うなれば銀英伝のキャラはみんな軍人だから人を殺すのが生業であって…この男も同じなんだよね…)
 対象人数の量と性質が違うだけで、いつだかヤンが述懐したように軍人みな人殺しなわけである。そう考えると、カイルの30人爆殺は可愛いものではないか、と感じてしまう自分の感受性はどこか歪なのだろうか。
(あっちだったら即通報だけど、ここだとあり得る話だと納得できてしまう不思議…)
 子爵令嬢の生活自体には自分がその肉体の主であることもあって切実な実感が伴うのだが、それが見知らぬ悪の組織の死や艦隊戦で何万人戦死となると想像力が及ばぬ範疇にあるものだ。しかも社会が違えばまかり通る筋も違うことも理解しているため、自衛のためと言われると騒ぎ立てる気にはなれなかった。
「少々派手に公になってしまったが、まあそんなわけで戻る場所はなくなった」
 いまだブラスターのトリガーに指をかけたままのヘルツの眉根の皺がいっそう深くなった。おそらく自分で潰しておいて白々しいことを言うと思ったのだろう。その点に関しては自分も同じ気持ちだ。
「…そんなことして、追われたりしないの? ほら、ひとつ組織潰しちゃったんでしょ?」
 あちらの世界のめくるめくスパイアクション映画を思い浮かべた である。しかしカイルは何でもないことのように、ひらひらと手をふって の言葉を暗に否定した。
「自分が追いかけられるようなヘマはしない」
「左様で…」
 つまりは俺は腕がいいぞというアピールなのだろうかと、人生初面接官(しかも自分の護衛。さらに裏仕事専門の)となった は考える。
 能力にかけてはクラウス保証済みの上なので、素人の自分がどうこう言えるものではなく、その辺には突っ込まなかった。自分に求められているのは、人柄や人間性の見極めなのだろう。信頼できなければ、護衛として不安この上ない。危険な場面で身体張ってもらわなければならないのだから、いざという時に逃げ出すような人間では雇う意味がない。
 誘拐犯な時点で諸手を挙げて大歓迎とは思えないが、話を聞いてみると単なる仕事としてやったに過ぎず、命令を下していた組織も自らの手で壊滅させている。その点、 家に対する私怨はないだろうからOK…なわけがなかった。裏切られたり寝首をかかれるのは御免こうむりたい。
「肝心な、何で 家を選んだか、という理由はどうなの?」
 最重要ポイントはそこだった。飽くなき忠誠心などは最初から求めないが、簡単に他に靡かない護衛であってほしい。金で惹きつけるのも限界がある。ローバッハ伯邸の豪華さは目の当たりにしているので、彼らのような大貴族が仮に全力で金に糸目をつけずにカイルを引き抜きにかかったとして、彼が報酬だけで主を決める人間ならば、それ即ち 自らの足を掬われることなのだ。
 問われたカイル・シュッツは、一言で 家を主としようとした理由を述べた。
「ああ、直観」
(え、それだけ!?)
 この面接で最も力を注いで説明すべき場面をたった1秒で終わらせたカイルに、 もヘルツも呆気に取られた。そこは強調すべき理由がなくとも膨らませてアピールすべき部分だろ、と自らの体験を踏まえて は心の中で突っ込んだ。
「えーっと、もう少し詳しくご説明願いたいんだけど…どこでその直感を抱いたか、とかあるでしょう?」
  が言えば、カイルは腰をかがめてこちらが怯むほど顔を寄せてきた。
(近い近い!)
 野生動物がこれは食えるのかと鼻を近付けているような光景だった。
「お前がそれを言うのか、と俺は言いたいんだが。規格外のお嬢様。面白いじゃないか。もっとよく見てみたくなったのさ。お前、本当に種も仕掛けもない子供なのか? 何か裏があるんじゃないか?」
(ひいぃ! 結構、真相に近いところを突いてるところが怖い…これが直観?)
 荒唐無稽な中身入れ換え話は誰にもすまいと決めてはいたし、言っても誰も信じないとわかってはいるのだが、カイルの発言には冷や汗をかいた である。
「それ以上、 様に近寄るな。下がれ」
  の意思を尊重して背後に控えていたヘルツだったが、その状況は看過できず再び二人の間に割り込み、幼い少女を背後に庇った。銃口はぴったりとカイルの額に突き付けている。 はこちらを探る視線から逃れられて、ほっと一息をつく。
(うう…危ない男っていう私の直感だってまんざらじゃない。いや、事実も伴ってるけど!)
 不敵に鼻をならしたカイルは、命を脅かすブラスターの存在を気にかける素振りをひとつも見せずに上半身を起し、言われた通り素直に数歩後ろへ退がると再び口を開いた。
「俺はずっと裏稼業で生きてきた。どうせ使われるなら面白いことをやりそうな奴の下につきたいと思ってね。大貴族の類は金払いはいいが、ちんけな宮廷工作とつまらん貴族暗殺くらいしか依頼してこない。裏組織はどこも金儲けばかりしか頭にない。そんな時に閃いたのが、先月会った毛色の変わったお嬢様だったってわけさ」
(私は平穏無事に楽しく生きたいだけなんですけど! しかも会ったのあの一日だけじゃん!)
 その一日の己の行状を棚に上げて、 は心中で盛大に文句を垂れた。つまりは自分でカイルを釣り上げたようなものなのだということを、 は認めたくなかった。
「調べてみたら10歳で女だてらに政治経済を学び、統治府にも顔を出してそこでの評判も上々。加えて射撃訓練? 普通の貴族の女のやることじゃない。ますます俺は直感を信じたくなったね。ここにいれば面白そうだ、とな」
 直感。あれだろうか、御縁を感じたので採用して下さい、ということだろうか。
(どうなのこれ…うーん)
 冷静に考えてみると、ここでカイルを追い払ったとて同種の裏向きの人間を護衛として雇わなければならないことには変わりがない。自分で望んで雇われようとする分、他よりましなのではないか。好奇心と興味で 家に雇われようというならば、金で他勢力になびくようなことも少ないと思わないでもない。
 とはいえ自分がカイルの言うようそんなご大層な面白い人間とは思えないので、釘は刺しておくべきだった。
「買い被ってもらえるのは有り難いんだけど、私は別に大したことやろうと思ってないから。あなたの活躍の場所だってそんなにないと思うよ? ああ、暗殺撃退は大歓迎なんだけど、積極的に裏の力を使って権力争いしたいと考えていない、ということだけど」
「俺は別に好んで人を殺しているわけじゃないし、仕事が少ないというのも結構なことだ。何もせずに金を貰えるなんて、こんなに有り難いことはないからな。それに俺の本領はどちらかというと諜報なんかの情報収集なんでね。この辺は人を雇って損はない分野だと思うが?」
 そう言われると、カイルが途端に魅力的な人材に思えてきたから困ったものだった。
(諜報…重要。とっても重要。何するにも情報が必要だし…)
 ちょっと子爵家の財産を増やそうと思って既存の権益以外にも手を出したり新たな市場を開拓するにも、ここがまずは貴族という特権階級の存在する社会ということを念頭におかねばならない。合理的、実利的手段だけで経済が動く資本社会ではない、ということである。権益を吸い上げる貴族の圧力は必ず存在するだろうし、うまく貴族権力図を把握していなければ、経済活動は途端に裏側の泥沼に引き込まれてしまう。子爵領内では自分が法律!と振舞っても大丈夫そうな自治権はあるが、新たな試みをするにしてもオーディンの中央体制側から睨まれないような工夫が求められそうだ。加えて秘密裏に蠢くフェザーンの動向も知りたい。
「ちなみに俺を雇ってくれたら、俺が持っている前の誘拐事件の詳しい情報も教えてやるさ。もちろんお望みとあらば、更に調べることもできる」
 眼前の琥珀色の瞳を光らせる男の手紙にあった一文を思い出す。
「あのRってローバッハのことよね? 何か知っているの?」
「さあ? 俺には答える義務がない。今のところ、な」
 うまい云い様である。雇えばいくらでも情報は提供しようというのだ。 としては、カイルがローバッハが事件に絡んでいた手がかりを持っているとするなら、是非とも手中に収めたいところだった。今すぐその情報を使って何かしようというのではなく、後々の保険として持っておけば役立つだろうという考えからである。
「虫をばらまいて聞き耳を立てたり、裏の伝手で情報を集めたりする技術がお入り用なら、ぜひともこのカイル・シュッツを護衛にどうぞ。射撃や体術も一通りこなせるしな。ああ、裏切ったりはしないから大丈夫だ。例えお前に失望することがあったとしても、俺の命を狙おうとしない限り黙って出ていくだけにしておくさ。俺が勝手に押しかけたんだからな。俺は金なら沢山もっている。買収されるようなこともない」
 条件を並べて見せたカイルは、最後に、といって言葉を付け足した。
「ここで断られたりしても恨んだりはしない。少々、お互いにとって残念だとは思うが」
「うっ…」
 そこまで言われると、旨いことずくめで断ろうという気が全くしない。
 腕前はクラウスが確認済み、自分は男の賢さを認めている、情報収集もできて裏切らない、買収されない、断っても恨まない。
 全て男の口からでまかせということもあり得たが、話していてその辺は大丈夫だろうと、自分の見る目を信用しても良いのではないかと思っている である。
 そもそも自分を害して得をするような人間など、今のところローバッハ伯爵あたりしか思い浮かばない。そのローバッハ伯にしても話しぶりからして、どうやら を己の息子であるヘルムートに嫁がせて、という乗っ取り法を考えていそうだった。 個人狙いではなく 家全体、つまりコンラッドやカール達を狙うにしても、真正面から令嬢の護衛志願として入り込むような手段を取るだろうか? 内側から狙うより、外で何かする方がよほど自由度が高い。それができないから内側に入ろうとする動機が生まれるのだが、 は先日誘拐されるような目に遭っているし、クラウス以外の裏方人間がいくらかいるとはいえやはり辺境の子爵家、家の外で狙う隙もないほど数を揃えているというわけではないはずだった。
 それこそやろうと思えば、カイルが先ほど言っていたようゼッフル粒子発生装置を屋敷に投げ込んで火をつけるとか、統治府あたりでコンラッドを狙撃するとか、色々とやりようもあるではないか。
 だがそのような物騒な前兆があったとは、クラウスも言っていなかった。要するに、今のところは 家そのものも、割と平穏な状況におかれており、何かを積極的に仕掛けてくる心当たりは乏しかった。
「まあ最初から信用してもらえるとは思っていない。なにしろ誘拐犯の一味だったしな。雇ってから俺を試してもらっても、一向にかまわない」
「…そこまで言うなら……」
 結局、カイルの押しに負けるような形で は頷いた。もちろん色々と吟味した上ではあるが、虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言う。
(ちょっと違うか? でも裏切られるのを恐れてちゃ、何事も始まらないしな)
 生来の楽観気質もあって、 はカイルを信用してみようという気になっていた。直感とやらで自分を面白がって仕えようという心意気は、 にとってもなかなか興味深かった。
様、本当によろしいのですか? 素性も知れない上に素行も良くない男など…」
「素行がよくて裏稼業やってられるかよ」
 ヘルツの窘めるような声と蔑んだような目線に、カイルが噛みついた。
 気がつけばいつの間にやら から視線を外したカイルが、同じくらいの背丈のヘルツ大尉と睨みあっていた。二人とも並んでいるのを見ると年の頃は似ているが、カイルがやや若く見えることに は気付いた。
「お前、護衛とはいえ過保護なんだよ。庇ってばかりで頭を使わせようとしないから、貴族のガキは馬鹿になるんだ。せっかくそこのお嬢様は面白いものをもっているっていうのに。それに大体、模擬銃なんか撃っても何の訓練にもならないんだ。本物を撃たせてやれ」
「疑うのも心配するのも護衛の仕事です。 様は今日はじめて銃を握ったのですから、最初は慣れるまで模擬銃で構わないのです」
「甘いな。お前、ケーキばかり食ってるからそんなに甘いこというのか?」
 そこまで調べていたのかと、 は少々感心した。言われたヘルツも黙ってはいない。
「…確かに甘いものは好きだが、それとこれとは関係ない。 様は私が甘やかしたとしても、自分で物事を考えることができるお方だ。私が護衛につく前から、すでに聡明さを兼ね備えておられた。お前こそ口だけで己を優位に見せようとするな。護衛として仕えるならば、全力で 様のために尽くしてみろ。情報を隠すような真似などするから信用がおけないんだ。そのようにこそこそしていては、己大事としか見えない。所詮はこそ泥の類か」
(ちょ、ちょっと、これは予想外!)
  対カイルのやり取りが、いつの間にかヘルツ対カイルに移行し、言い合いにも熱が入ってきている。
「俺は自分のために情報を隠したりしない。そこまで言うなら、俺がどれだけこいつの役に立つか見てろって言うんだ」
様に忠誠を誓えるというのか?」
「ああ、やってやろうじゃないか。自分で選んだ船だ。沈没するまでも御供してやるさ」
 ヘルツはそこでたじろぎながら二人の会話を見ていた に、軽やかな笑みを浮かべた顔を向けた。
「このように申しております。いかが致しますか?」
(ヘルツ大尉…くせもの…)
 言質を取った手腕は見事なものである。わざと疑ってみせてどう云い返してくるのか試したのだろう。冷静で頭の回るカイルも、淡々としたヘルツの言葉にうまく乗せられてしまったようだ。
「まあ沈む船からも逃げ出さないっていう覚悟も聞けたし、しぶしぶじゃなくて積極的に採用致しますとも。面白そうでもあるし、ね。私を面白そうと言ってくれてここに来たというなら、せいぜい一緒に人生を楽しみましょう」
 結局、なるようにしかならないものだ。自分はこの一時間のカイルを見ていて、信じてみようと、そう思えたのだ。カイルの言うように直感を信じるのも悪くないし、裏切られたとしたら人を見る目がなかったと、その時に後悔すればいい。自ら踏み出さずに得られるものなど殆どないということは、二十余年の人生で悟った間違いのない真理だと は思っていたから、このときもそうして自ら相手を信じてみるという道に踏み出したのだった。
「そう言う訳だ、これから同じ護衛としてよろしく頼む、シュッツ殿。もうご存知のようだが、私はマティアス・フォン・ヘルツ大尉。 様の護衛と私兵団艦隊の戦艦アウィスで戦術士官を務めている。先ほどは貴殿を侮辱するような言葉を申し上げて済まなかった。私も 様の護衛ゆえ、過保護にならざるを得ないからな」
 カイルはと言えば、先程までこちらを疑うように見ていたヘルツの変わりようや、ある意味追いかけてやってきた子爵令嬢の思いきりの良さに面喰って目を瞬いていた。すぐに温かく迎えいれられるなんてほとんど期待していなかった。せいぜい、子供らしくない少女の振舞いを近くで見物してやろうと思っていたくらいだ。だが今ではすっかり の、そして 家のために積極的に何かしてやろうと思ってしまっている自分をみつけて、カイルはゆっくりと口の端を上げ、今度は心からのものとわかる笑いを表情に浮かべた。
「私のことも知っているでしょうけど、 ・フォン・ よ。護衛としてよろしくね、えーっと、シュッツ?」
「カイルと呼べ。シュッツ(守護者)って柄じゃないんでな。こちらこそ、よろしく頼む」
 そうして 家の使用人として、新たな名がリストに書き加えられることになった。もちろん裏方の仕事を主とする彼の名は表に出ることはなく、そのリストには偽名として『攻撃者』という意味の姓名が、クラウスによって載せられたのだった。



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