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08



 戦艦内のあちこちを見て回り、 は心から満足していた。
(タンクベッドも見れたし、ワルキューレのシートにも座らせてもらったし、軍服がいっぱいだし、言うことないね!)
 先ほどは被った猫が剥がれたかと冷や汗をかいたが、よくよく考えれば令嬢らしく淑やかに振舞っていれば、投げかける疑問や対応が大人びていることくらい、それ程困ることにならないのではないかと は思いなおした。
 正確にはそう理屈をつけて、関心の赴くままにあちこちに質問をぶつけまくることにした。
 どうせ一度きりの人生なのだ。もう二度と戦艦に乗ることなどないかもしれない。あの扉を抜けたら、元の身体に戻っているかもしれない。
 そう考えると、好奇心旺盛な は黙って見るだけというのがどうにも耐えられなくなった。
 ワルキューレはどのようなエンジンを搭載しているのか、どうやって宇宙を飛ぶのか。機関部には何人が所属していて、どんな役割分担があるのか。勤務は何交代制なのか、給料はいくらか。
 行く先々でどんどん湧き出る質問に、問われた者はみな面食らっていた。
 ある者はこのように幼い少女に理解できるのかと半信半疑で技術的な説明をし、ある者はなぜそんなことを尋ねるのかと訝しみながら答え、ある者は笑いながら給料上げてくれと言いながら少女の頭を撫でた。
 本来ならば子爵令嬢に対して平民が頭を撫でることなどあり得ないのだが、楽しそうに尋ねてくる少女に故郷の弟妹を思い出し、彼も気を緩めてしまったのだった。
 ヘルツは一瞬、頭を撫でた兵士の行動を止めさせ叱責すべきかとひやりとしたが、 を見やると何でもないことのように綺麗にまとめられた黒髪を撫でられている。
 再び好奇心の対象が移ったのか、子爵令嬢は次なる目標へと駆けて行ってしまった。
 その小さな背中を見送っていると、頭を撫でた兵がヘルツへと話しかけてきた。
「あれは本当に 子爵のお嬢様なのですか?」
「間違いないなくそうだが」
「俺…いや小官は、子爵令嬢といえばもっと高慢ちきな子供を想像していたのですが、全く違いました。ああいう子供のいる家に仕えるというのも、悪くないものですね」
(悪くない、か)
 確かにその通りだと、ヘルツは思う。
 彼は士官学校を卒業して、給料が良いからと 家の私兵団へ所属した口だった。辺境貴族の私兵団は皇帝から貸与された軍という名目もあるので、軍に所属していることは変わりない。軍の中心から離れているために実権を伴う出世は見込めないが、私兵団の主に気に入られれば給料も階級も上がりやすくなるメリットはあった。
 それまで彼は、 家に対して忠誠心というものを一片たりとも持ち合わせていなかった。上官のゲーテ艦長は部下からの評判も良い実力者であったし、前当主のコンラッド卿も有能な軍人という噂だったので、その点、無駄死にする確率は低いかと、はるばる辺境へとやって来たのだ。
 だが。
「そうだな、悪くない」
 十歳であの聡明さなら、これから先が楽しみというものだ。
 惜しむらくは、彼女が女児であったことだろうか。
 男ならば間違いなく 家を栄華へ導くことになっただろう、そうヘルツは思いながら を追いかけた。




 ローバッハ伯領首星バージルへ着いたのは、出発から8時間後だった。
 日本から飛行機でアメリカまで行けるフライト時間で、ずいぶん遠いような感じが はしたのだが、広大な宇宙の中では半日もかからない距離は、ちょっとお隣感覚の至近距離に分類されるらしい。
 あまりに艦内探検に夢中になり過ぎて時間を忘れていた は、到着の2時間ほど前に、通信によって母ヨハンナから呼び戻された。
「女の子の支度は、時間がかかるのですから! さあ、準備致しますわよ」
 側つきのゼルマを含む数人のメイド達に取り囲まれ、 は髪を美しく纏められ、さらに化粧を施された。
(化粧補正って凄いね)
 黒髪黒眼の 嬢はどちらかというと顔つきは可愛らしい部類で、大人っぽさはあまりない。
 だが将来の結婚相手を見繕う場なのだから大人びた雰囲気を強調したいという思惑から、母ヨハンナの監督の下、 嬢は見事に変身を果たし、一見すると十歳には見えなかった。
(でも…頑張って十四歳くらい…?)
 胸を見下ろすと、まだ発展途上のほんの小さなふくらみが見える。顔が大人びたからって体形は隠しようがないと思っていた は、自分自身の考えの甘さを思い知った。
「さあ、お着替えですわ」
 何をそんなに気合いをいれることがあるのだろうと思っていたら、取り出されたのは胴を覆うコルセットだった。その下には、ふんわり広がるパニエがついている。
(ま、まさか…)
 そのまさかだった。
 もとから十歳の子供にくびれなど望むべくもないというのに、そのコルセットで締め付けて女性らしい曲線を演出しようというのだ。普段もドレスを着ていたがそのような下着をつけることもなく、重く動きにくいことを除けばドレスも普通の服と変わりないと思ってパーティドレスも似たようなものと侮っていた自分を、 は殴りたくなった。
「く、苦しい…やめて…もうこれ以上無理…」
「もう少しです、もう少し我慢なさって、お嬢様」
 二人がかりで背中のレースを締めあげられながら、 は倒れそうになった。
 子爵令嬢も楽じゃない。
 初めて はそう思った。

 細いくびれ作り、胸と尻に詰め物をされてようやく先日決めた衣装を着せられた は、ほうほうの体でバージルの地へ降り立った。
 締め付けられた胸と腹に呼吸はし難いうえ、あちらでも履いたことのないような高いヒールも不安定で冷や冷やする。中世ヨーロッパ時代に女性が簡単に失神したのも頷けると は思った。何しろ、このように身体を痛めつけられているのだから。
 パーティでは休憩を取るためにどのように逃げ出そうか、どうすれば早くこの苦行から解放されるだろうかと必死で考えている をよそに、カールとヨハンナはどこの家の誰が来る、将来有望なのはあそこの息子と話が盛り上がっている。
 戦艦から連絡艇に乗ってローバッハ伯爵邸の近くまで行き、そこからは地上車へ乗り換えたのだが、その運転手役兼護衛役は、先ほど を案内してくれたマティアス・フォン・ヘルツ中尉であった。
 彼は地上車を降りる際に手を取って助けてくれた上、お美しいですね、とにっこり微笑みまで付けてくれた。
 いたいけな少女であれば、顔形も悪くない青年に対して頬を赤らめることくらいしたかもしれないが、中身は二十歳を越えて少々すれた大人の であったので、ありがとうございます、と礼を述べるだけに留まった。
 さらに、もしかしてヘルツ中尉は私に取り入ろうとしているのか?などと考えてしまった は、全くロマンチックとは程遠い性格をしていた。
 世の中、無償の愛や麗しき友情も存在するだろうが、人は打算を知る生き物なのだ。よく知らぬ相手を疑ってかかるくらいの処世術は誰でも知っているだろうと は常々思っていたのだが、あちらの世界の友人には、だから恋人ができないんだとよく怒られたものだった。
 ヘルツは案内の途中から、やけにこちらを気にかけるようになったと、 は感じていた。
(うーん、怪しく思われたのかな…)
 開き直り過ぎて、十歳の可愛げが全くないと見破られたのだろうか。
 別に大人びていることがばれても困ることにはならないと思っていたのだが、「 」が元の身体に戻ったら、どうなるだろうか。
 少々悩んだが考えても仕方ないことなので、 は今まで通り行こうと思った。
 尋ねたいことを黙っていられる可愛い性格ではないと、彼女は自分自身をよく知っていた。その意味では年相応の外見をしていたとしても、可愛げがないと思われることには変わりがないのだった。





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