BACK NEXT TOP


04




 何がなんだかわからないが銀河英雄伝説の世界へ飛ばされ、別人となってしまった は、相も変わらず令嬢生活を続けている。
 色々と難点はあるもののヘルプ機能がついていて良かったと思ったのは、言語が自動翻訳される部分だった。仕組みは全く不明だが、思考がそのまま帝国語なるらしく、読み書き会話すべてに不自由がなかった。ヘルプ内容のベース知識は のものだが、彼女が知らなかっただろう小難しい単語も、 自身が知っていれば理解できるから不思議である。
 (ま、考えてもわからないからいいや。便利だし)
 別の世界へ来て、しかもその世界が銀河英雄伝説のもので、身体が別人になって、変なヘルプ機能もあってという摩訶不思議コンボを味わえば、言語がどのように翻訳変換されてるかなんて気にかけてはいられない。
「いつになったら帰れるんだろう…」
 だが懐かしい日常へ戻る手段などわかるはずもなく、とにかく平穏無事に過ごそうと思って令嬢生活を送っていた だが、教養教育に嫌気がさす以上にこの先慣れることはないだろうと思ったのは、 の両親に表わされる貴族的思考回路だった。彼ら以外にも、とにかく が話をする範囲の人間は、誰もかれもが階級意識を持って接してくる。
(つまんない…)
 十歳の少女がいきなり小難しい話をしても周囲が驚くだろうと、 は自らの好奇心や知識欲求を抑えなければならなかった。
 何しろ、面白いと思って読んでいた本の中の世界に自分が存在しているのだ。見てみたいこと、知りたいことは山ほどある。特に宇宙でどうやって商売が成立しているのか、法律がどうなっているのかなど、銀河にまたがる国家がどうやって運営されているのかに関して、彼女は多大な興味を抱いていた。他には流行の音楽が何であるかとか、若者が過ごす遊び場はどこなのか、服装はどのようなものか、文学は何が主流なのか。
 だが、彼女の興味に応えてくれる相手はいなかった。
  の両親は最初から聞く相手として選ぼうとは思っていなかったが、教養教育の教師たちは、揃いも揃って同じ貴族、屋敷の使用人は を子供扱いしてまともに答えてはくれなかった。あれから習慣となったニュース視聴も、まずベースとなる知識が乏しいから充分に理解できず、 は苛々した。
  嬢には友人がいたが、十歳前後の貴族令嬢たちの集まりの会話内容はおして知るべしである。
 週末には近隣の良家の子女と御茶会で優雅に会話を交わすのが、どうやらこちらの貴族令嬢の遊び方らしい。もしくは演奏会や展覧会へ足を運ぶとか、自然を見るために召使率いてピクニックへ行くとか、ともかく には馴染みの薄い遊び方ではあったが、話相手を求めていた は半ば諦めながらも、その週末の茶会に参加することにした。
 万が一、もしかしたら、豊富な知識を持ったオピニオン・リーダー的な人物がいるかもしれない。そう思ったのだが、最初に抱いた諦めが悟りの境地に至る機会を、 は得ることになった。
  の肉体はまだ十歳前後なのだし、遊び相手の子供( から見ればである)たちと会話をあわせようとするにはそれなりに努力が必要だと思っていたが、そもそも興味のベクトルが違いすぎて接点が見つかりそうになかった。
 彼女たちの交わす話題といえば、まず美味しいお茶やお菓子の話、魅力的な夫とはどのような人物か、それに当て嵌まる同年代の貴族男子はどこそこの家の誰それなのか、はたまた可愛い服飾を仕立てるテーラーはどこの店だと、ともかく金と暇をどれ程もてあましているのかと問いかけたくなる内容ばかりなのだ。
自分自身が十歳の頃だって、金銭レベルが違えど同じようなことを話していたかもしれない。
けれどももうちょっと遊びや趣味の傾向にバリエーションがあったはずだ。
(だけど、彼女たちの話、結局ループだしな…)
 一度参加して懲りた の足は、二度とお茶会へ向くことはなかった。
 精神年齢と階級意識の壁は分厚すぎて、 の知識欲求に応える相手は見つかりそうになかった。

 そんなカルチャーショックの中で思い至ったのが、学校へ通えば学問もできるし話せる友達ができるのではないかということだった。同年代の友人でなくとも、幾つか年上の上級生ならば、まだ話の通じる相手がいるのではないかと。
 そうして自分の思いつきに喜び勇んで、学校へは通わないのかと はまず母(と呼ぶには違和感があるが、この という人間にとっては間違いなく母である)のヨハンナへと問うた。彼女は、思いもよらなかったと言わんばかりに驚いた顔をして答えたのだ。
「まあ、学校などというものは平民階級が通うものよ。わたくしたちは辺境に住むとはいえ帝国貴族、貴女には勿論、専属の家庭教師がおりますのに。何か気に入らないことでもありましたの?」
「いいえ、何でもありません、お母様。平民の学校がどういうものか、少し気になっただけ」
 言い繕ってそそくさと逃げるように会話を終わらせた は、泣きたくなった。
何しろ「平民階級」出身の には、「お母様」の思考回路がトレースできないのである。この母に負けず劣らず、 の父・カールもぶっ飛んでいた。
 学校が駄目なら、自分の学びたい科目を教えてくれる家庭教師をつけてもらえばいいのである。
 友達はできないかもしれないが、そこは我慢しよう。
 そう考え直し、「母」とは会話を成立することが難しいと感じた は、もう一方の保護者であるところの の父へと、自らの要求を述べた。
「お父様、わたし、政治や経済について学びたいです。教師を付けていただけませんか?」
「なに、政治や経済だって? 貴族の子女たるもの、そのような実学などせずとも他の嗜みを身に付けて、良い家へ嫁ぐことが勤めではないかい? ほら、ご覧、この絵画は100年ほど前に…」
 という具合に延々と彼の趣味である絵画について語りつくされた上、ついでにその週末に予定されているパーティで如何に良い殿方を見つけるか、ブラウンシュヴァイク公の娘エリザベートと仲良くなるかについて説いて聞かされ、ほうほうの体で逃げ出したことは彼女の記憶に新しい。
 どのように教育すればこのような人間に仕上がるのか、建前的には階級が存在しない民主主義社会で育った には全く理解しがたかった。確かに民主主義の現代日本でも選民意識のある人間はいるし、日本以外の国でもまだまだ階級意識が残る地域はたくさんある。だが地球時代を超えて宇宙へ飛び出した人類の社会が民主主義的自由や平等からはるかに後退している状況には、脱力するものがある。
(それにこの家、 だけしか子供いないのに…跡継ぎどうするつもりなんだろ…)
 簡単に予想できる未来だったが、恐らくどこからか婿を取ってその相手が家督を継ぐ形式が一般的なのだろう。もちろん、婿を取るのは 以外にはいない。 の友人たちや両親の話から、銀河帝国の貴族は男子直系相続を基本としていることは十二分にわかったし、その王道から両親が外れることもないだろうと、少々彼らに失望した だった。
 だが唯一、 が「両親」に感心したことといえば、彼らは互いに愛し合って結婚し、妾や愛人を作らなかったことである。男子が生まれなければ家督は違う家に引き継がれてしまうのに、父カールは母ヨハンナ以外に子供を産ませなかったのだ。友人たちの話題の中には、とある貴族のその手のゴシップも含まれていて、またか、という様子で話を展開させていた彼女たちを見ていると、どうも複数の女性を囲う貴族が少なくないらしい。その点では、王道とはいえない両親ではあった。
 とはいえ彼らののんびり加減を見ていると、愛し合っているのはよいとして、後継に思い至らず問題を放置しているようにも見えるから頭が痛い。
 今は遠く思える以前の生活や常識とのギャップを改めて思い知った だったが、その日の夕方、この家で唯一まともで話ができる相手を、彼女はようやく見つけることになった。




BACK NEXT TOP