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02




  にとっては見知らぬ人間を見ても、既知の人間であるかのように詳細な情報が浮かぶお役立ちヘルプ機能を駆使した は、その日の朝食をなんとか乗り切った。
 ゼルマに連れられて行った先に、頭が「私の両親」と告げる男女がいて、爽やかな挨拶が飛んできた。だが は、ここでヘルプ機能の限界を知った。
「おはよう、 。よく眠れたかい? 今日も の可愛らしさは銀河一だ」
  ・フォン・ の父であるところのカールが、鼻の下のハの字型のカイゼル髭を揺らして微笑んでいる。
「……おはようございます、お父様、お母様」
 そう、ヘルプ機能は人物などの知識は与えてくれるが、実践面はサポートしていない模様なのだ。そのため、 の精神が宿る が今までどんな人間でどのような口調で喋っていたのか、全くわからない状態なのである。
  は自分の常識に照らし合わせて、もっとも無難と思われる返答を返した。表情筋を動かして、少々歪んでいるだろうが微笑みだって浮かべてみた。
「まあ!」
 母のヨハンナが口元に手をあてて、驚いたような声を上げる。
(な、何かまずった?)
、今日はずいぶん大人っぽい口調ですのね。普段はママ、パパ、と仰るのに」
(子供にですます口調!)
 侮りがたし、銀河帝国の子爵家。
 それでも「 」は、先ほどの の台詞より子供っぽい喋り方をしていたらしい。
(10歳って、どんな思考回路だったっけ)
 子供のころから落ち着いている、大人びていると言われ続けた には、子供っぽい喋り方というのが再現できそうにない。演技してもボロが出まくることは容易に想像できたので、押し切ることにした。
「わたしももう10歳になります。本日からは、大人のように喋ろうと思いまして」
「素晴らしい! それでこそ私たちの だ。君は本当の淑女になろうとしているんだね!」
 彼らのはしゃぎようといったら、 は目も当てられなかった。これは、世に言う親馬鹿というものだろう。
 それからは、今日の天気の話や来週末のパーティーの話など、なんとか相槌や追従の笑みを浮かべることで対処して、唸りそうになるほど美味な朝食を平らげた。
 朝からベーコンエッグなどの油っぽいものだと嫌だと思っていたら、緑も瑞々しいリーフサラダに焼きたてのブレッド(これが本当に美味しい)、果実身たっぷりのジャムにヨーグルトなど、ヘルシーな食べ物ばかりで、子爵だというからもっと豪勢な食べ切れないほどの朝食が出ると思っていた は、正直意外に思った。
 そう思考すれば、脳内ヘルプ機能が新たな知識を提供してくれた。
 どうやらこの家には の祖父に当たるコンラッドという老人がいるらしく、元軍人な彼は質実剛健を好む性質らしい。家の当主はカールであるが、実質的に色々な事柄を取り仕切っているのはコンラッドの方で、朝食の設えも彼の好みが優先されているらしかった。そして退役軍人かつ老人の習性のご多分にもれずコンラッドは早起き生活をしているので、朝食はいつも別にとっているのだとか。
「そういえば、来週のローバッハ伯家のパーティには、ブラウンシュヴァイク公爵家のエリザベート嬢もいらっしゃるそうだ。 と歳も近いと聞いている。お近づきになるよい機会だな」
(ん?)
 なんだかいま、聞いたことのある単語が飛び出したぞ?
 ブラウンシュヴァイク。
 銀河帝国の貴族、とにかく権力を持っていて偉いらしい。
  は、ヘルプ機能の欠陥を新たに見つけた。どうやらこのヘルプ機能の性能は、もとの身体の持ち主である 嬢の知識に依存しているようなのである。10歳の子供の知識には、当然のごとく限度がある。身近な、しかも箱入り令嬢だから極々狭い世界の物事しか知らないことは明らかだった。
(これは、もしかしたら…)
  は浮かんだ疑問を検証するため、和やかな(そして にとってはやや苦痛な)朝食を終え、すぐに優しい側つきメイドのゼルマにニュースが見たいとせがんだ。自室の本棚には絵本や児童向け物語しかなく、地図帳や歴史の本など知識の足しになるような情報源は見当たらなかった。
 ゼルマは「本当に今日は、珍しいことばかりですね」といいながら を自室の隣にある 専用応接間(!)へ連れて行き、木製の家具の観音扉を開いて、テレビらしき画面のスイッチを入れてくれた。
 それまで漠然と、 はここは中世ヨーロッパのどこかだと思っていた。
 なぜなら、幼い少女となってしまった自分の服装はピンクのレースアレンジも激しいドレスで、 の知る範囲内でこのような衣装を日常的に着るのは、既に昔話、もしくは二次元の物語世界の話でしかありえなかったからだ。さらに部屋の調度品の多くは華美な装飾を凝らした木製で、文明の利器というべきものが見えなかった。
 そのため、ゼルマに何かニュースがわかるものはないかと訊ねたとき、出てくるものは新聞のような紙媒体のものを予想していた。だがその予想を裏切って に与えられたのは、テレビらしき機械のリモコンだった。しかもテレビは家具にすっぽり収まる超薄型である。
 この時点で、 はこれってもしかして現代?と思い直したのだが、テレビのスイッチを入れて流れるニュースを見た時点で、その考えもあえなく打ち砕かれた。
  は画面に釘付けになった。
 鮮明な色彩の画面は、 の感覚で時代錯誤な衣装を纏った人々が、何かの式典を行っている中継の模様を映し出している。
 その服の設え、「ゴールデンバウム」という名のつく皇帝、そして画面が切り替わり大写しになったアニメでしか見たことのない宇宙空間に浮かぶ戦艦に、 の顔から血の気が引いた。とどめは、どこかでみたことのある軍服である。黒地に銀の装飾を施した少々派手な設えの軍服に、 は心当たりがあるのだ。
 数々の符丁がこの世界がどこであるかを示していた。
「やっぱり…銀河英雄伝説…?」
 画面から発せられる「ジーク・カイザー!」という大歓声が、くらくらと揺れる頭の中に木霊していた。




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