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未知との遭遇

01



 茫然自失。
 知識として知ってはいたが、体験したことはなかった四文字熟語がぴったりの状況だった。
 何がどうなったのだろう、目覚めた は思った。
 目が覚めて視界に入った景色が、まず尋常じゃない。
(天蓋つきベッドって初めて見たわ)
 華麗な装飾を施された四本の支柱が支える天蓋には、薄い紗のカーテンがかかっている。もちろんポリエステルじゃなくて、おそらく高級シルク製。光沢が違う。シーツの肌触りも、びっくりするほど心地よかった。
 これはどうしたことだろう?
 どっかのお金持ちに誘拐されちゃった?
(なんてことがあるはずない!)
 眠る前はどうしていたのか、よく思い出せなかった。しかし、とにかく違和感ばかり感じるので、この状況が自分にとっての日常でなかったことはわかった。
 とりあえず、探索してみよう。
 混乱の第一段階から抜け出した は、しかしそれが混乱劇の序幕にすぎなかったことを知る。
「なにこれ」
 その声の高さにも驚く。まるで愛らしい子供の声ではないか。
「いや、間違ってない。何も間違ってないけど…」
 声が飛び出す元が、自分の口でなければ。
 身を起こそうとして、手足の短さに眼の玉が飛び出そうになった。
 記憶違いでなければ、自分は今まで確実に20回は誕生日を迎えていたはずだが、これはどうしたことだろうか。
 脳内を様々な憶測が飛び交った。
「と、とりあえず、鏡…そうよ、鏡に映してからこそ、自分というものがよくわかる!」
 うすうす、見なくてもわかっていたのだが、どうしても自分の姿を眺めてみたくなり、 は小さくなった手足を動かして広い(これはキングサイズですね)ベッドを下りる。
 室内にはあいにく鏡がなかったので、仕方なくカーテン越しに光の差し込む窓辺へ寄る。
 硝子の向こうが明るかろうが、多少の反射はあるだろう、そう思ったのだ。
 これまた豪勢な刺繍の施されたカーテンをめくり、 は絶句した。
「……」
 そこに映った己の姿に、ではない。
 普段から割と理性的であることを自負する彼女だから、曇りなく磨き上げられた窓硝子に映る姿が、頭の片隅の予想どおり子供の姿だからって今更びっくりレベルはそれほど高くなかったのだ。
 それよりもだ。
「どこのお貴族様?」
 窓の外に広がる景色は、 の故郷である日本ではありえなかった。
「ヴェルサイユ宮殿か」
 テレビで見たことのある、おフランスの広大な庭園を、 は思い浮かべた。
 ほら、端から端まで馬車で移動して、庭園のなかにジャンル違いの庭園がいくつもあるってやつ。
 右手奥に、小さく門扉が見える。その小ささに、庭の広さが知れるというものだった。
「うん、これは困った。どうしよう」
 感覚がはっきりしているので、夢ではありえなかった。
 身体が幼くなった。超ゴージャスな場所に寝かされていた。そして、窓硝子に映った顔は、記憶にある自分の顔ではなかった。つまり、別人になっている。そしてこれらの因果関係、原因はまったくもって不明。
 しばし黙考。
 自分で考えてわからないことは、素直に他人に聞くべきだ。
  は室内を見回し、外へと続く大きな木製の扉を押し開いた。
「あら、お嬢様、おはようございます。いつものようにお呼びくださればよろしいのに、どうかなさいました?」
 第一メイド発見!
 なんということだろう、本物のメイドをこの目で見ることが叶うとは、 の人生計画にはなかったことだった。髪をお団子にまとめ、白いエプロンを纏った姿は現代日本では一般的に見られるものではなかった。
 優しげな表情のおそらく30前後の女性だった。
(ゼルマ?)
 ふっと、名前が浮かんだ。
 世界史用語集でいつか見た単語という感覚で、説明文のように詳細な情報が次々と頭に蘇ってくるようだった。彼女は自分の側つきメイドで、小さなころから乳母がわりだったらしい。
(え、これって設定情報? 何このヘルプ機能)
 冷静な もびっくりのお役立ちシステムである。
 茫然と突っ立っていると、首をかしげながらとりあえず着替えや身支度をしましょうと言って、ゼルマは の背を押して部屋の中へと戻った。
 それからは、されるがままだった。
 ゼルマは を洗面台のある小部屋へと連れて行き、彼女が言われるまま顔をすすぐ傍でタオルを差し出したり、こまごま世話をやいてくれる。
 幸い身体は黒髪黒目というありきたりな色合いだったため、鏡に映った顔は にも比較的なじみのある顔かたちだった。これで金髪碧眼、顔のほりもくっきり、ゼルマのように西洋風の顔立ちだとしたら、いつまでたっても自分の顔を直視できなかっただろう。
 その後は鏡台の前の布張り猫足椅子に座らされ、髪をきれいに纏め上げてもらった。
 その間、身体が馴染んだのか知らないが、徐々に色々な情報が自由に引き出せるようになってきた。
 納得しきれない部分は多々あるが、要約すればこのようになった。
  現在、自分が認識するところで自分の精神が宿っている肉体は、 ・フォン・ という名の10歳の子供らしい。 家は子爵の位を持っているとのことだった。
  そしてその子爵位がどこの国のものかというと。
(ぎんがていこくぅ?)
「さ、お嬢様、できましたよ。着替えたら朝食の間に参りましょう」
 どこの銀河だよ!と、 は誰に対するでもなく、心の中で大きく叫んだ。




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