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天使のつばさ、悪魔のしっぽ
03


 十月三一日の夜、子爵領統治府庁舎の庭園の一画が、新たな試みである、後の通称かぼちゃ祭のために開放された。
 訪れた者は庁舎を彩る黒やオレンジの不思議な装飾や、庭の片隅に置かれたかぼちゃのランプに目を輝かせ楽しんでいる。祭の中心となる広場には様々な屋台が出され、かぼちゃの菓子や軽食、飲み物が振る舞われていた。
 かぼちゃのクッキーやケーキといった定番菓子に混じり、かぼちゃ団子と名づけられた弾力ある菓子も人気の的となり、買い求める人々が列を成している。本日限定と銘打たれた団子は、珍奇なかぼちゃランタンの顔そっくりの見栄えである。発案はいつもの子爵家令嬢で、制作協力子爵家の料理人たちのかぼちゃ団子は、まさに遊びのために作られた菓子であった。祭当日の昼まで彼らが夜なべしてひとつずつ手作りし、成型や顔作りに勤しんだのである。
「かぼちゃのツラは当分見たくない」
 料理帽ではなく黒いとんがり帽子を被った料理長は、手にした魔法の杖もどきの棒で肩を叩き、来年は手間のかからない菓子を自ら考案することを誓い、仕返しとばかりに憎らしいかぼちゃ団子を口の中に放り込んだ。
 かぼちゃ祭りを行き交う人々の恰好は様々であった。
 畑からそのまま来たと思しき農作業着の者もいれば、統治府から配布された“はじめての仮装”と題した資料に従って、古き神話や伝説の登場人物を模した恰好をしている者もいたし、人間以外の動物に扮した者も多かった。
 混沌。そう題したくなる仮装状況である。子爵家の料理人たちの黒装束はによって選定されたものだが、その心は料理人は魔法使いという安直なの発想である。しかしながら故郷で定番だった魔法使いの格好も、ここでは少数派だった。アンデッドやモンスター、それに魔法といった概念も、宇宙暦では廃れて久しい文化だったらしい。
「まあ、いっか」
 故郷のそれとは根本的に違っているが、宇宙歴だから仕方ない。きっと違和感を持つのも本来の祭を知っている自分だけなのだと、改変されすぎたハロウィンに対する罪悪感をは早々に放棄した。
 それにしても、と統治府のバルコニーから庭園のかぼちゃ祭を見回したは今更ながらに思う。
「貴族の発言って、すごい」
 まさか思いつきのかぼちゃのお化けとお菓子が一年後には惑星を巻き込む祭になろうとは、帝国貴族恐るべしである。それとも、コンラッドお祖父様恐るべしが真実なのだろうか。
 そのコンラッドは、本日は古き騎士の仮装をしている。普段より少し豪華な刺繍入りの詰め襟服に、鮮やかな青の裾長の上着を羽織って皮帯で留め、さらに肩から飾り房とともにマントを垂らしている。鞘に納めた模造剣を杖代わりに佇む姿は、なかなか格好いい。奇抜さはないが、領主一家の重鎮としてある程度の威厳と慎みの追求された結果であった。
 だががすごいと表現したのは、もちろんコンラッドの出で立ちに関してではない。
 祭を行き来する人々の中に、同じ仮装をした者たちがいる。彼らが着ているのは帝国軍が採用している標準的な軍服であり、服そのものは仮装ではなく彼らが軍人であることを示すものであった。
 しかし彼らが揃いも揃って身につけた猫や犬の付け耳やズボンの尻付近から伸びる尻尾は、間違っても帝国軍制式装備ではない。
「うん、絵的な想像が我ながら欠如してたわ」
 色々な意味で、動物に扮した彼らに申し訳なくなっただった。
 警備担当の軍人達に支給された仮装の衣装は、合理性と経済性の観点から決定されたものである。安価に制作可能かつ咄嗟の動作を阻まない仮装として、動物の耳と尻尾案をが提出したのであるが、どこからの反対もなく簡単に承認された結果が、これである。
 見目麗しい者も、いかつい顔つきの者も、かぼちゃ祭の歩哨に立つ軍人は皆が猫耳か犬耳、そして獣の尾を装備している。
 一部の者は似合っているが、それ以外の者にとっての現実は非情であった。その現実は、夢に見そうなくらい破壊的なインパクトを伴っていたのである。無論、悪夢の方だ。
「可愛らしい仮装だと思ったんだけど」
「一般的に、可愛らしさは軍人に求められない素質ですからね」
 の背後にも、軽はずみな言動の被害者が居た。子爵家の一人娘の護衛の任にあたっている、マティアス・フォン・ヘルツ大尉である。
「ヘルツ大尉は、その、特別よくお似合いだと思いますよ……って褒め言葉になりませんよね」
 栗色髪に犬耳をのせた大尉は、とても微妙な具合に笑ってみせた。
「今朝は鏡を見るのに幾許か勇気が必要でしたが、これも得難い経験というものかもしれません。それに小官だけでなく警備に配置された者はもれなく着用しておりますから、心強いと申しますか、行かば諸共と申しますか……」
「そう、決して恥ずかしいことじゃないんです、これはお祭りですから!」
 赤信号は皆で渡れば怖くないのである。諸悪の根源は自分であるとも分かっているが、皆が楽しんでくれれば結果オーライではなかろうか。絵的に酷いことになっている軍人の獣耳だって、来年以降には笑い話になるだろう。
「でも、来年以降もし仮装の宴をまた開催することになったら、そのときはもっと凛々しい恰好ができるよう、私からも提案しておきますね…悪夢を見ないで済むように」
 とヘルツはバルコニーから会場を見下ろし、あそこに虎耳のゲーテ艦長がいる、そこには居眠りしている魔法使いの料理長がいる、と普段は見ることのない装いを話の種にして笑い合った。



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