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  往復書簡03  


『親愛なる


 まずは何よりも、心尽くしの手紙と贈り物への感謝を伝えたく思います。
 ありがとう。貰った万年筆で早速この手紙を書いてみて、
 書き味も申し分なく、とても気に入りました。
 普段使いにするつもりです。手元を見るたび、貴女を思い出せることでしょう。

 その後、お加減はいかがでしょうか?
 見舞いに行けなかった僕のかわりに、
 データ集(これを送ると言った際の当家の執事の表情を、僕はいまだに忘れられません)が
 貴女の心を慰めてくれたのなら、僕としても幾分、心慰められる気がします。
 怪我をしてしまったとはいえ、君が無事であったことは、
 オーディン神に幾度感謝しても足りません。
 残念ながら世には心ない者も多くいます。これからも、身辺には充分にご配慮下さい。

 僕の日常は、恐らく(普通ではない)貴女とあまり変わりないものではないかと思います。
 ただ、家庭教師もつきますが、貴族子弟の通う学校へも足を運びます。
 その学校も、来月には春学期も終わりを迎え、7月からは夏の長期休暇が始まります。
 今からその日々が待ち遠しいものです。

 さて、話は変わりますが、貴女が送ってくれた経済データの分析、興味深く拝見しました。
 ご指摘の通り、我らが銀河帝国の経済状況は、決して芳しいとは言えません。
 広大な宇宙の各方面の惑星をそれぞれ異なる貴族たちが治め、
 彼らに大きな権を付与していることが原因といえば、恐らくその通りなのでしょう。
 基本的に貴族は家門と領地の安堵を第一の目的としますから、
 帝国全土を視野に入れた経済振興策を打とうとする財務省の努力も、形無しの有様です。
 (近頃では、その努力すら行われていません。)
 そのような中、今後の貴族の地位が現在よりも特権的なものでなくなったらという予想は、
 とても刺激的でした。
 富める者が富み、貧しき者はいつまでも貧しいことを反映する経済であるという見識、
 そしてその状況を憂慮する貴女の慈悲深き思いに、僕も感銘を受けずにはいられませんでした。

 経済という問題を考えるにあたり、無視できない存在である者がいます。フェザーン自治領です。
 銀河帝国において、政治の中心は間違いなく陛下のおわすオーディン以外にありません。
 しかし経済の中心も同様であるかと言えば、僕個人の見識では、否という気がします。
 銀河帝国の経済を掌握し、振り子を揺らす手の主はフェザーンではないかと、
 学べば学ぶほど感じるのです。
 一応は皇帝陛下の御領の内とはいえ、彼の地の政策や経済体制は我が帝国のそれより、
 叛乱軍――自由惑星同盟のそれに近い部分もあるといいます。
 帝国は、フェザーンを通じて非公式ながら自由惑星同盟との貿易や取引も行いますが、
 双方の窓口となるのがあの自治領のみということを鑑みれば、現在の宇宙の情勢からして、
 もっとも利を得ているのはフェザーンではないか。僕はそう思っています。

 上記の考えはともかく、今後も経済を学ぶならばフェザーン商科大学は、魅力的な場所です。
 今度の夏期休暇には、父の薦めもあり、一度フェザーンを訪れてみる予定です。
 幸いなことに、貴女のおられる 子爵領はフェザーン航路からそう遠くない。
 ついでという訳では決してないつもりですが、ご都合がよろしければ、
 ぜひ貴女の元へ立ち寄らせて下さい。
 こうして字で綴る話を交わすことも趣がありますが、
 やはり本物の貴女とお会いして言葉を交わしたい気持ちもあるのです。

 随分と長い手紙となってしまいました。
 読み返してみると、このような内容の手紙を女性に送るのは、相応しくない気もします。
 けれど聡明な貴女なら、僕のちょっとした躊躇いも、そして、やはりこのまま送ってしまおう
 という気持ちも判ってもらえる、そう思ってしまう身勝手な自分も、やはりいるのです。
 これが僕の思い込みであるのか、もしくはそうではないのか、お教え下されば幸いと思います。

 貴女のいるブラウ星は、オーディンの気候と似た周期で季節が巡ると伺いました。
 若葉が芽吹き栄える季節のように、僕たちも互いに親しみを育んでいければよい、
 そういう気持ちで僕はいます。
 素敵な贈り物は、これからも大切に使わせてもらいます。
 次に会うときには、是非このお礼をさせて下さい。
 それまでお元気で。

 僕の加護を祈ってくれた貴女にも、オーディンのご加護がありますように。

                                  感謝と親愛、そして希望とともに
                                              君のユリウス
 
                                                          』

 
「……これって、銀河帝国における女性への手紙としては、標準的な親愛表現の枠を出ないものよね?」
 読み終えた は、なんとも云えないむず痒さを感じつつ、頬を抑えた。
 直截な気持ちは、充分に伝わってきた。仲良くなりたいと思っている、そういうメッセージを は字間から受け取っていた。そのメッセージは友情に起因するものと、 は思うことにした。
(文化が違うし、日本はシャイで表現も奥ゆかしいから慣れていないだけで、これが普通…のはず)
 その辺を突き詰めて考える努力を早々に放棄し、 は手紙の中でユリウスがフェザーンについて語っている部分を読み返した。
 漁夫の利を得るのはフェザーンということは、 の知るこの世界の未来の姿からしても明らかだ。
(なんだっけ、帝国48、同盟40にフェザーン12の勢力均衡を目指すんだっけ。そういえば、地球教っていまどうなってるんだろう?)
  となってからようやく2ヶ月になろうという時期、 はフェザーン、特に地球教という未来の懸念を思い出した。彼らはどの程度、帝国内部に食い込んで活動しているのか、状況を把握したい。政治経済の知識を仕入れるのと同様に、銀河帝国におけるフェザーンの影響力や、地球教に対する一般見識を得る必要もあるだろう。いつまで として振る舞うことになるかは判らないが、知っておいて損はない情報となるだろう。
「それにしても、ユリウス様ったら、随分と買い被ってくれて…どうしようかな」
 ユリウスにもらった経済データ集の分析結果を送る際に、 はいずれ来るリップシュタット戦役後の状況を予想したものも同封したのだ。予言をしたいわけではなく、親切にしてくれたユリウスに対してお礼のつもりで、貴族政治以降の銀河帝国というのを考えておくといいかも、という示唆を提供したつもりだった。ラインハルトが軍部のみではなく、皇帝となって政治を握るようになれば今のように貴族が大手を振って自らの領地から税を徴収したり、競争の乏しい中で商売をすることは不可能になるだろう。そして、ラインハルトが能力主義であるために、平民階級から人材を登用することも増え、政治構造の変化とともに経済構造も変わることも間違いない。
 現在のエリートの多くが貴族で、ユリウスもいずれ銀河帝国の知識人となり得るだろう。そしてヴィーゼ財閥は帝国経済の一角を担っているのだから、嫡男である彼は政治の変化にも向き合わなければならない。貴族階級という温室育ちの旧制度におけるエリートたちは、新制度の中で生き残っていけるのかは未知数だ。だが能力主義が徹底されるなら、逆に能力さえあればよいのだ。新制度に即応できる体勢を整えれば、生き残る可能性は高まる。そして、 はユリウスにはローエングラム王朝以降も生き残って欲しいと思っている。
 その希望の表れが貴族社会の影響力が小さくなった帝国という予想データだったのだが、ユリウスは無論、 が歴史の未来を知るという真実は知らず、新しい発想ということで『感銘を受けた』と言ってくれたのだろう。明らかな誤解なのだが、 は真実まで伝えるつもりはないので、仕方がないことと諦めた。それに、 としても本当に生まれも育ちも銀河帝国であるユリウスに、その手の想定をした経済状況をきいてみたい気持ちもある。
「次に会うのは、こっちでかな」
  はユリウスの訪問を、もちろん歓迎するつもりだった。
 辺境の生活の中で、普段は会えない友人が来るのだ。喜ばずにはいられない。
 ただ、ちょっとした頭痛の種もある。
「あの二人が、どういう反応をするか…恐ろしいかも」
 カールとヨハンナにユリウス訪問を伝えた後、どんな問答が繰り広げられるのかを想像して、 はげんなりした。とはいえ、友人を招くのに家の主たるカールやヨハンナ、それにコンラッドに黙っているわけにもいくまい。
  はユリウスへの返事の内容を思い浮かべつつ、 の両親へいつ、どういったニュアンスでユリウス来訪の件を伝えるべきかに頭を悩ませたのだった。

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