back next 5mhitTOP




鳥印の糧02

 

 敵陣の砲台を潰し、ここしばらくの鬱憤を充分に晴らしたところで日が暮れ、戦いは一時の休息を迎えた。
 装甲服の頭部装着用ゴーグルには暗視機能がついているが、やはり夜闇では同士討ちの危険もある。それに帝国軍の前線部隊をほぼ壊滅させたことで、一応の戦略的目標――帝国軍の侵攻阻止は達成されたという基地司令部の判断だった。
 とはいえ、帝国軍前線部隊の後方には2個大隊ほどの地上戦力が展開されていたことも確認されていて、いまだに散発的に砲弾が頭上を飛び交っている。
 先程までの喧噪に比べれば戦場は静寂を保っているが、薔薇騎士連隊には柔らかなベッドで安眠をむさぼるという幸福は許されず、相変わらず穴蔵生活を強いられていた。だが塹壕が自分たちの墓穴にならなかっただけ、重畳というべきかもしれなかった。
 後方基地からは遅きに失する援軍として自由惑星同盟軍第三陸戦連隊がようやく到着し、恩着せがましく夜間の見張りを買って出た。諸手を挙げて彼らを大歓迎、という心持ちには当然なれなかった。
 薔薇騎士連隊を指揮するシェーンコップは、連隊の全隊員に対するレーション配給と休息を言い渡し、中隊長以上の士官へ招集をかけた。
 作戦会議室という名の塹壕の一室に、薔薇騎士連隊の要となる十人ほどの男達が集う。
 即席で設置された粗末な机には懐かしい紙媒体の地図が広げられており、室内は唯一の灯火であるオイルランプによって照らされている。携帯発電機の電力は全て装甲車やビームライフルの充電や索敵機器類に回される関係上、地球時代に発明された道具がいまだに前線では活躍することがあった。
 薄暗い灯火の中、作戦会議は連隊長の声とともに始まった。
「さて、幸いにして最初のお客様にはお引き取り願えた訳だが、まだ近くの――このポイントα、ついでにやや高台になっているβに2個大隊規模の陸戦隊が居座っている。次の作戦目標は、こいつらにも家に帰って貰うことだ。こちらとしては、当面は再侵攻をする気がなくなるよう、敵の補給や増援が到着する前に、この敵戦力を完膚無きまでに壊滅させたい」
 シェーンコップは不敵な笑みを浮かべ、机の周囲に視線を一巡させた。集った男達は、先程まで戦っていた余韻を身体に色濃く残している。疲労もあったが、敵先遣部隊を追い返したことで戦意も上がっており、次なる戦を厭う雰囲気はなかった。
「だが、俺たちも長時間の穴籠もりと連戦で疲れている。敵さんは10キロは離れているし、ここは同盟軍の勢力圏で夜襲するほどの地の利もあちらにはない。第三陸戦連隊が出張ってきてるから、今夜はあいつらに歩哨や警戒を任せる予定だ」
「今まで基地でぬくぬくとしてた奴らが今頃出てくるとは、手柄狙いに違いないですよ、シェーンコップ隊長!」
 血気盛んな中隊長の一人が、勢い込んで声を荒げる。
 自分たちが先陣を切らされ、戦力を出し惜しみした基地司令部の判断によって軽微とは言い難い損害を出した事実に対し、憤る気持ちはリンツの中にも当然あった。敵軍の脅威が減ったとなるや否や飛び出してくる奴らの腹に、功績を我がものにしようとする動機が潜んでいると邪推したくなるのも無理はない。
 シェーンコップは部下の言葉に口の端を歪めて、伸びた顎髭をひとなでする。
 普段は女性への礼節を唱え身綺麗にしている連隊長も、長時間の戦闘直後にあっては髭をあたる暇もない。しかし無精髭が彼の人の風采を損ねるかといえばそうではなく、野性味を増した顔つきは頼もしくも見えるし、どことなく好戦的な雰囲気を醸し出していた。
「露払いをさせられた挙げ句に、肝心の上玉を攫われたとあっては薔薇の騎士の名折れだ。基地司令部は我が連隊に第三陸戦連隊への支援を要請している。そこで、当方では浸透戦術を用い、第三の連中が正面で撃ち合っている間に少数精鋭で敵の横面を殴る、という役目を頂こうと思うがどうだ? これも支援には違いないだろう?」
 リンツは連隊副隊長として、先程あった司令部からの命令受信に立ち会っていた。
 腹が出張った中年の基地司令官である少将が、たるんだ頬肉を震わせ、威厳を示そうとするように顎をそらして言った。
「シェーンコップ大佐、貴君や貴隊は勇猛果敢に奮戦により、帝国軍第一陣を後退せしめることが出来た。そこで、我々は第三陸戦連隊の投入し、明朝、日の出とともに航空戦力を伴う殲滅戦を決行することにした。ついては、既に損害を被っている薔薇騎士連隊諸君には第三陸戦連隊の砲撃部隊と連携して、支援を行ってもらいたい」
 その命令をまともに理解すれば、司令部の言う支援は装甲車や迫撃砲を使っての火力支援であって、歩兵による突撃を意味しないことは明らかだ。しかし、もともと航空支援を当て込んでの展開だっただけに、薔薇騎士連隊の火器類は強力とは言い難い。つまり、司令官が言いたいことを要約すれば、このようになる。お前らは、すっこんでいろ、ということだ。
「ご配慮痛み入ります。了解致しました、基地司令官閣下」
 リンツが理解できることを、シェーンコップが気付かぬはずもない。文句の一つも言わず敬礼したシェーンコップを見て、リンツは上官が何事か腹の内で企んでいるに違いないと確信していた。
「つまり、第三連隊の奴らが狙ってる手柄を、俺たちがかっさらう、という訳ですね」
「そりゃあいい。ここまで苦労したのに、第一陣を追っ払っただけというのは、やや手柄としては物足りないですからね」
 同意する部隊長達の表情には、面白がるような色が浮かんでいた。
 連隊を使い捨てのように扱った奴らに一泡吹かせられるとなれば、戦場の渦中に飛び込むとしても喜ばずにはいられないのだった。
 司令部は薔薇騎士連隊を遊軍扱いしているから、自ら進んで突撃してやろう、というのがシェーンコップの意図するところだった。総攻撃の開始前、夜闇に紛れて部隊の何割かを敵側面や後方へ迂回させ伏せておき、日の出に作戦が始まった後には味方と連携――第三陸戦連隊への支援を利用して、さっさと敵の指揮官を討ち取ろうというわけだった。
「突撃部隊の指揮は、俺が執る。リンツ、お前はこっちに残る支援部隊を指揮しろ」
 役割が逆ではないか、とリンツは思う。連隊長が自ら最前線へ潜入するなど、普通はどうかしているとしか考えられない。だが、ここではそれが「当然」で、シェーンコップの性格をよく知るリンツは反論を試みたりはしなかった。
「Ja」
 答える間にも、リンツの脳内は目まぐるしく働いている。
 各部隊の損耗率を調べ、必要があれば部隊を再編しなければならない。さらに連隊を分割するにあたって、どの程度の火器や人員をどのように振り分けるかという検討も必要だ。
 各小隊への作戦概要の通達と部隊状況の報告要請を指示し、リンツは上官へ視線を送った。
「一時間後に集合。解散」
 扉代わりの布を押し上げて男共が出て行く。リンツとシェーンコップも打ち合わせより空腹を満たすことを優先させ、彼らの後に続いてレーションの配給場所へ向かった。下士官に命じて取りに行かせてもよかったが、どうせ情報が集まるまで詳細は決められない。飯を食いながらでも話は出来るし、兵の雰囲気を見回るのも悪くはなかった。
 だが、実を言えばレーションを自ら取りに行くにはもう一つ訳がある。
「俺はカレーだ。鳥印はカレーが旨い」
「いや、チキンブロスが一番だ」
「パスタは食ったか? ミートソースがいけるぞ」
 列を成して配給を待つ兵士たちの会話が聞こえる。
 同盟帝国問わず有名を轟かせる薔薇騎士連隊の隊員も人の子で、飯の魅力には抗えない。
 兵士達は好みを口にしてはいるが、箱から出した順番に配られる為に数あるメニューの内、どのレーションが当たるかは運任せなのだった。
「隊長!」
 入り口に立ったシェーンコップとリンツを見て一人が叫び、さざ波のように敬礼が広がる。しかし連隊を率いる二人が答礼をすれば、周囲は直ぐに砕けた雰囲気に戻った。薔薇騎士連隊第十三代隊長が堅苦しいことを嫌うのは、周知の事実だ。
 上官の特権を行使して、二人は列の先頭へと通された。
「隊長、副隊長、何に致しますか」
 リンツは箱の側面に書かれたメニューを一瞥して、3番のレーションを受け取った。シェーンコップは、今日も8番を手にしている。上官は鳥印といえば8番と決めているに違いないと、リンツは思っている。
 わざわざ自ら配給場所に出向く理由の一つは、自らレーションのメニューを選ぶためなのだった。

 

 


back next 5mhitTOP