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03


 頼まれてティエリアとアレルヤにも声をかけたロックオンだが、前者には「医学書で間に合っている」と一蹴され、アレルヤにはもじもじと恥じらいながらも「一応は知っている」という答をもらった。
 そういう訳で、授業はロックオンと刹那のマンツーマンで、ロックオンの部屋で行われた。
 地球上には多様な文化があって男女観や結婚観も色々とあるが、スメラギとロックオンはとりあえず無難な一対一の恋愛物を見せることにした。恋愛入門としては、一夫多妻ものよりもいいだろう、という観点からだった。さらに、露骨でないセックスシーンが含まれるものを選んだのは、情操教育とならんで性教育の必要もあるからである。恋には憧れや幻想が必要で、その行為も一応は神秘的というか大事なことであるべきだ、という大人の願いも反映されている。快楽をもたらす行為として飲酒や喫煙のようにみなしている人間もいるが、とりあえず子供にはまだそう思って欲しくないと二人は考えた。刹那はまだ15歳なのだ。
 そうしてスメラギの選んだ恋愛映画は、数年前に流行った王道的恋愛もので、二人の男女が出会って、途中で色々な困難にあって一度は離れ離れになりながらも再び愛し合うようになり、最後は『コト』に至って円満な家庭を作るというなんの捻りもないストーリーだった。その捻りのなさが人気の秘訣らしいとスメラギはロックオンにデータを渡しながら言った。つまりは、出会いから始まる恋愛の手順を全て追えるストーリーであるということだった。

 映画が始まり、物事を斜に構えて見てしまうような年齢のロックオンにはこっぱずかしい台詞が飛び交う中、刹那はただいつもと変わらぬ表情で画面を眺めていた。
 約2時間にわたったラブストーリーを見終わって、刹那はいくつかの質問をしてロックオンを苦笑させた。
「なぜ、二人は一緒にいたがる?」
「そりゃ、お互い好き合ってるからだろ」
「好き合ってると、一緒にいなければいけないのか」
「いや、いなきゃいけないという訳じゃないんだが…。なんつーか、大切なものは身近に置いておきたいだろ。どうなるか気になっちまうだろ。お前、エクシアのメンテせずに放っておけないだろ」
 刹那はガンダムエクシアが自分から遠くに移されて自由に触れなくなることを思い浮かべ、大きく頷いた。
「それは嫌だ」
 思慕ゆえに愛着というものを意識させることができたロックオンは、ここでもう一つ肝心の教育カリキュラムを思い浮かべる。何も知らない状態の刹那に、どうすれば「そういう愛し方」を教えることができるのだろう。 他人任せにして逃げ出したい。けれども、請け負った以上仕事はやり遂げる男、それがロックオン・ストラトスである。
「大切だと、見守りたいとか、触れたいって普通思うもんだ。それで相手に触ると、こう身体の奥がむずむずするというか…映画の二人が裸で抱き合ってたのを見たろ。ああしたいって思うようになるんだ。で、あれをすると子供ができる」
「俺はあんなことをしたいと思わない」
 眉根を寄せて、刹那はぷいっと横を向いてしまった。
 触れられることを極端に嫌がる少年の態度からいえば、誰かと裸で抱き合うなんて考えも浮かばないことなのだろう。
「…つーか刹那、お前、自分ですることもない訳?」
「それは…なくはない」
 少しほっとしたロックオンだった。
 これで自慰行為まで教えろってなったら、俺が実践しなくちゃなんねぇの?なんて危惧を抱いていたのである。自分が15歳の頃を考えると、やりたい気持ちで一杯だったなのにな、などとも思う。自慰をしたり、異性に興味を持ったりするのは人間の発達の中で正常な行為ともいえる。
「まあ今のお前はガンダムが一番特別って状態かもしれないけど、そのうち女の中でも一番特別が現れて、特別な愛の手順とやらがしたくなる日が来るさ」
「愛の…手順…」
「それに関しては俺も手ほどきしてやれるほど恥がないわけじゃないんで、これでも見て覚えろよな」
 手渡したメモリスティックには、スメラギが集めた学校教育課程で教わるような性の情報と、ロックオンが入手した女の喜ばせ方なるやや実践的なテクニックをまとめたデータが入っていた。とりあえずそれを見れば、基本的手順はわかるようになっている。そうして、ロックオンは困ったような、けれどもどこか面映いように笑って、無遠慮に刹那の頭を急に撫でた。
「お前にも恋人ができる日がくるのかねぇ」
「っ、俺に触れるな!」
 頭を勢いよく逸らして手を振り落とすと、刹那は話は終わったとばかりに立ち上がり、部屋を出ようとする。その背に、ロックオンの声がかかる。
「刹那!もっと一緒にいたいとか、抱き締めたいとか、笑わせてやりたいとか、他の人間にもつ感情よりもっと強いやつ。大切で仕方ないっつーか…そういう気持ちを、恋って言うんだぜ。覚えておけよ」
「…」
「お前もいつか、そういう相手がみつかるだろ。そん時のために、俺はお前にこんなこと教えてるんだ。人殺しの技術だけじゃなくて、こういうこともちゃんと学べよ、刹那」
 ドアが開いて通路へと半分踏み出していた刹那は、その声音に振り返る。ベッドに座ってこちらをみているロックオンの表情は、先程のようにふざけた様な笑いではなく、真剣な表情を浮かべていた。
「お前も一人の人間だよ。ソレスタルビーイングだろうが、なんだろうが」
「俺は……」
 少し俯いて唇をかむ。自分が一人の人間だとして、できることは何だ? 自分は何のためにここにいる?
(ガンダムになる…そのためには…)
「戦争根絶の目的に役立つもの以外は、必要ない」
 刹那は顔を正面に戻すと、その場を立ち去った。
「人を愛せよ…。っていっても、俺も人のこと言えるほど愛を知ってるわけじゃないんだけどな」
 一瞥を残していった不器用そうな性質の少年の背を見送り、ベッドに転がって大きな溜息をついたことを刹那は知らない。
 そしてロックオンも、人を愛すことなど必要ないと言った少年が、後に人を愛すようになったことを知ることはなかった。




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