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02


 CBのメンバーとなった当初、刹那の無表情を心配したスメラギとロックオンは、教育の一環といって刹那にラブストーリー仕立ての映画を見せた。CB内に教育係の人間は別にいたのだが、彼らは刹那に格闘戦やMSの操作技術は教えても、情操教育を施すことはなかった。
 いずれ同じ艦に乗ることになるのだから円滑なコミュニケーションができないのは困るし、ガンダムマイスターといえど子供に荒んだ目をしていて欲しくないという、ある意味、大人の身勝手さも混じってはいた。
 正直、人間としての刹那の成長が心配になったともいえる。
 スメラギとロックオンという組み合わせが刹那の仮の先生役となったのは、スメラギがこの先もろもろの指示を出す役目であったのと、ロックオンは同じガンダムマイスターとして何とも刹那が気になるという個人的性質からだった。


 事の発端は、ラグランジュ3のベース内という狭い中で、くっついた離れたという恋愛騒動の話を食事中にしていた時だった。
「恋人ってどういう意味だ?」
 その場にはロックオン、スメラギ、クリスティナがいて、頑なに打ち解けないままの刹那とどうにかコミュニケーションをはかろうという目的から、刹那はなかば強制的にランチに付き合わされていた。
 クリスティナやロックオンが色々な話題を提供したが、刹那は黙々と食事をしていて、ガンダムに関ること以外には反応しなかった。重たくなりそうな空気を振り払うように、クリスティナが近頃の噂といって、ある整備士とオペレーターの恋愛話を始めた。刹那を気にかけることに疲れたから、好きなように喋り始めたようなものだった。
 そこで、いままで話を右から左に聞き流していた刹那が、ようやく顔を上げた。
 普段からわからないことは周囲に聞いて精進することを美徳としている刹那は、クリスティナの言う意味がわからなかったから、それを知ろうとしただけだった。

 刹那の問いかけに、一瞬、三人は固まった。
 ロックオンとスメラギの間で素早く視線が交わされた。クリスティナは目をまんまるに見開いて驚きながらも、好奇心に満ちた表情で刹那へ詰め寄る。恋愛に関する話は、いつでも女の好物なのである。
「恋人がどういう意味かって…刹那、わからない?」
「わからないから聞いた」
「えーっと、恋人っていうのは、お互い好きで一緒にいようねって約束した相手、かな」
 クリスティナは孤児院育ちではあるが、周囲に沢山の人がおり、テレビや映画など娯楽も存在する環境で育った。そのため、考えるようにクリスティナが言ったのは一般的ともいえる恋人概念だった。
「好きで…」
「一番で、特別ってことだよ」
 人差し指を立てて、クリスティナは一番という部分を強調した。
「一番で特別……」
 しばし考えるように沈黙した刹那は、自分の出した答を確かめるように顔を上げると、三人を再び驚きの海へと突き落とした。
「それなら、俺にとっては、ガンダムが恋人になるのか?」
「ええっ!?」
 先程の質問にも驚いた三人だったが、この言葉に、クリスティナは絶句し、成り行きを見守っていたスメラギは苦笑、ロックオンは飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになった。
「ぶはっ、確かに、そりゃ間違ってねーな」
 いつでもガンダムエクシアのことばかり気にかけている刹那の生活を知らない者はいない。
 肩を揺らしてくつくつ笑うロックオンは、今までどこか硬質で壁のあるように思えてた刹那が少し可愛いと初めて感じた。
(いや、可愛いというより微笑ましい、か?)
 スメラギは慌てたように会話へ割って入る。
「ロックオン! そんなこと言ったら刹那が信じちゃうでしょ! 違うの、刹那、ガンダムは恋人にはなれないの。普通、恋人になれるのは人間だけよ。それも、女性なら男性が、男性なら女性が相手になるのが一般的なの。…中には同性同士で恋人になる場合もあるけれど…」
 同性愛という形を思い浮かべて、スメラギは更に言わなければならないことがあると思った。
 人間がなぜ恋人を求め、さらに異性愛が一般的とされているかといえば、その先には最終的には子供を産んで次代の人間を育てるという営みがあると思うからだ。
 それを説明しようとすると、どうやって子供が生まれるかを説明せねばならず、スメラギは頭を抱えた。
(私、まだ23なのに!どうして子供にこんな説明しなきゃならないのよ!)
 スメラギの心の葛藤など知らぬ刹那は、同性も恋人になるのか、と呟いている。
 スメラギと同じ思考を辿ったロックオンは、良きお兄さん役としてここは一肌脱ぐことにした。自分も20歳を越えたばかりの若造ではあるが、刹那よりは恋愛に関する知識を持っているし、冷静に説明できるはずだ、とロックオンは思った。
「確かに恋人は同性でも異性でもいい。色んな形がある。だが子供を作るには、男と女の組み合わせじゃなきゃならないんだ。なんでだって顔をするなよ、説明するから。あー、簡単に言えば、男と女が愛し合えば子供が生まれるんだ」
「…それ、簡単に言いすぎじゃない?」
 スメラギが小さな声で突っ込む。
 クリスティナはというと、若さゆえか顔を赤らめて「あ、私ちょっと用事思い出したから行くね!」と言い残して逃げるようにテーブルを離れた。目線でロックオンとスメラギに謝りながら。
「子供を…」
「恋人になるのは、相手が大切で特別だからっていうのもあるけれど、行きつく先は子供を産むことに繋がると言えるわね。それが全てではないけれどね。この人とだったら子供を作ってもいいと思えて、それでその…恋人の男女が愛し合って、子供が生まれるの」
 実際には、技術の進歩で人間の腹から生まれない子供も近頃は存在するようになった。試験管の中で卵子に受精させ、人工子宮を使って子供を10ヶ月成長させる。とはいえ、人道的な観点からそのような子供を生み出すのは、出産に体が耐えられないなど医療的理由がない限り行われることはなかった。説明すると本筋から逸れてしまうのでスメラギは特殊な出産の話はせず、人類が長い間おこなってきた伝統的な男女の営みというものを説明しようと頑張った。
「愛し合うとは、どういうことだ? さっきの、好き、というのとは違うのか?」
「基本的には違わないの。でも、愛し合うには…特別な手順が存在するの」
 特別な手順とは何か?と言い出しかねない雰囲気の刹那に、ロックオンとスメラギは、少し待って、と言い残してひそひそ声で会議を始めた。
「これ以上、ここで説明するのは辛いわよね…それにしても、あの子にはこういうことも教えなきゃいけないのね」
「子育てみたいなもんだよな。普通の環境にいなかったってことだろ。学校行ってないし、教わるのは人殺しの技術だけってか」
「ロックオン!」
「こうなりゃ、そういうシーンのある恋愛映画でも見せて、愛し合うってことを説明してやろうぜ。カリキュラム組んで性教育してやることが必要だろ」
「……あなたがやってよね、ロックオン。私、それを説明しながら刹那の冷たい視線に耐えられる自信がないの。映画は私が用意しておくから。一応、他のガンダムマイスターにも声をかけてみて頂戴。あの二人も知ってるかどうか不安だわ」
「まあミス・スメラギのようなうら若き女性が説明することじゃないしな、俺がやるさ。毒を食らわば皿までってことで、ティエリアとアレルヤにも、な」
 会議を終了させた二人は、黙々と食事を平らげていた刹那に向き直って、にこやかに言った。
「説明すると長くなるから、カリキュラムの一貫としてちゃんと時間をとって、今度説明するわ、刹那」
「わかった」
 そうして、刹那への「愛し合うこと」の教育は、件のランチからちょうど一週間後に行われることになった。




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