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 それは珍しいことだった。
 3人が集うことも珍しかったし、集った場所が日の当たるのどかな庭の芝生ということもまた、普段ならあまりないシチュエーションだった。
 それぞれの性格のせいもあったし、職業柄のせいもあったろう。
 楠の梢がさやさや揺れて、そのたび太陽がきらきらと宝石みたいに生まれたばかりの緑葉の隙間から輝いていた。
 爽やかな初夏の、青い草の香りを胸いっぱいに嗅ぐ。
 空は一片の曇りのない青で、庭の一画に設えられたテーブルを包み込んでいた。
 日除けに置かれた大きなパラソルの下に、二人をみつける。
「    」
 声をかけると、二人が会話を止めて振り向く。
 いつもは薄暗い室内でばかり見ていたせいか、輝く太陽の下で見た彼らの表情もこの時は明るいものだったように思う。
 小走りに駆け寄って、そうして準備されていた席に着く。
 純白のテーブルクロスの上には、豪華なランチが用意されていた。
 そのどれもが好きな物ばかりで、さらに二人と一緒に屋外でランチというシチュエーションにも嬉しくなってしまって、喜びが溢れた表情になっていたのだろう、彼らが満足げに頷いていた。


 失ってしまったものが満たされたと、彼女は感じた。
 だからこそ、彼女はその時のことをよく夢に見た。
 でもなぜだろうか、笑い声は聞こえるのに顔はよく見えない。
 度の合わない眼鏡をかけているように、彼らの表情へ焦点が合わない。
 けれどそれも、どうでもいいことのように思えた。
 ただ、幸せだった。

 己の名を呼ぶ声が聞こえる。

 誰だろう。

 意識した瞬間、優しい夢の名残は消えてしまった。
  



04



 プトレマイオスから発進した刹那は、遅れて離艦したデュナメスを待ってヴェーダの指定した小惑星へと接近した。
 ポイントを確認し、予めヴェーダのミッションプランにあった暗号データを小惑星へ向けて飛ばす。

『De Vita Beata』―――幸福な人生について。

 そのような意味だと、ミッションについてのミーティングの中でスメラギは語った。人類の歴史が始まったばかりの頃の言語なのだと。勿論、2千年以上前の言語をよく知るクルーは一人もおらず、情報を検索してスメラギも知ったことだった。
 マイスター達がパスワードに抱いた感想は様々だったが、誰しもその言葉の意味を深く考えずにはいられなかった。ある者は失ったものゆえに、ある者は自身への疑念のために、また、ある者は目的のために、そして幸福を知らないために。
 不安や疑問の小波が広がっていくようだった。
 だがミッション実行は決定され、そのためにプトレマイオスははるばる指定されたポイントまでやってきた。
 刹那がパスを送出すると、何の変哲もなく見えた小惑星の一部が動き、誘導シグナルとベースへの進入口が現れた。
「本当にあったんだな、こんな場所にベースが」
「凄いな、ラグランジュ3よりも完璧なカモフラージュだ。レーダーに一つも反応していない。GN粒子が周囲で散布されてないところを見ると、ここのベースは無人かもしれんな。あれはメンテが必要だし…。こうなると、どんなお宝が眠っているのか俄然、気になるところだな!」
 繋いであるロックオンとの通信画面から、ロックオンとイアンの驚嘆の声が耳に入る。刹那は無言で、誘導シグナルに合わせてエクシアの針路をとると、エクシアとデュナメスは小惑星に作られたベースへと突入した。
 外部モニタには、いつか見たラグランジュ3と似たような構造の駐機スペースが映し出されていた。
 中へと至る通路と思われる扉の傍へエクシアを待機させた刹那は、腰につけた短銃とナイフを一度確認し、コックピットからワイヤーを伝って降り立った。進入口が閉じている今は、ドックにも重力と酸素が供給されているので、低重力空間でのように飛び出していくことは叶わなかったのだ。
 奥へと続く扉の前でロックオンらと合流すると、扉脇に左右に別れて壁に背をつけ、胸の前に銃を構える。
「開けるぞ」
イアンがパネルを操作し扉を開放する。数秒ほど置いて刹那が素早く角から顔を出して中を窺ったが、特に攻撃などもなく、3人はイアンを隊列の中央に配置し、警戒態勢のままベースの更に奥へと進行した。どこかにスイッチがあるのか通路の灯りはついていない。
 前方を視認することが困難な状態で、夜目のきく刹那は、ひとまず自分が先行することにした。
 宇宙空間は真っ暗闇であるが、ベースなど人間が活動する場所では、突発的な事故で電力が供給されなくなった場合にも移動できるよう、建設素材に発光塗料が塗られている。そのため、暗いことは暗いが何も見えないほどの闇というわけでもない。
「おやっさん、灯りはつけられないのか?」
「どっかの端末に俺の端末プログラムでアクセスすればいいんだろうが、それまではこのままだな。見たところ、このあたりに端末はないようだし…それほど大きなベースではないのかもしれんな。酸素と重力が発生してるってことは、電力供給システムは生きてるみたいだが、こう暗いんじゃな」
「ライトを点灯させると、敵にこちらの位置を知られてしまう。俺が先行して、大体の内部構造を調べてくる」
 言い置いてすぐに行動に移そうとする刹那を、ロックオンが制止する。
「待てよ、刹那。一人じゃ何かあったときにどうすんだよ」
 振り返る刹那の表情には、邪魔をするなとでかでかと書かれているように、ロックオンには思えた。
 自分が行くか、刹那が行かせるか一瞬迷う。
 面子を考えるなら、自分自身が単独行動を行うのが最善の気がした。
 けれどもこれから先、ガンダムマイスターとして刹那も単独行動を行う機会も増えるだろう。
 いつも面倒を見られるわけではない。
 それならば危険性の少ない思われる今回のミッションは、判断力を鍛える良い機会かもしれない。
 そう結論を出したロックオンはパタパタと推進部を開閉させているハロを掴むと、刹那へと投げた。
「ハロを連れて行け。緊急回線を空けておくから、簡単な指示で連絡できるだろ」
 相棒の人工AIであるハロは、端末がわりに簡易情報分析も行える。
「30分か…1400時までに一度ここへ戻れ。あくまで偵察だからな」
「…了解」
 ハロを左手に抱えた刹那は、短く言ってそのまま闇へと消えた。
「ったく、大丈夫かあいつ」




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