ブリーフィングルームを出た刹那はパイロットスーツに着替えるため、ハンガー脇のロッカールームへと向かった。
スメラギから説明された『E』回収ミッションについて、刹那は特に考えることはなかった。
『E』が何かは気になるものの、今回は紛争に武力介入を行う訳でもない穏当な作戦行動である。ミッションを行うかどうか意見が割れた際も、気にしたのはガンダムエクシアでの出撃となるかどうかであって、ミッションの内容そのものには興味がなかった。
いま現在、刹那の心を占めるのは、彼自身の搭乗MSであるガンダムエクシアのことばかりだった。
いまといわず、ソレスタルビーイングの一員となった一年ほど前からずっと、エクシアは刹那の頭から離れることはない。
自分が少年兵だった頃。
圧倒的な武力で仲間を虐殺したモビルスーツを一刀両断したガンダムを見たときから、刹那の中での救いはガンダムとなった。
この世に神はいない。
元からいたのかどうかはわからないが、少なくとも銃を取った頃はいると信じていた。
神の言葉のままに戦闘技術を学び、神の兵士として銃を取り、必要ないものとされた家族を撃ち殺した。
そうして身を投じたクルジス紛争は、神というものを信じきっていた刹那に疑問を抱かせるには、充分過ぎるほどに地獄の様相を呈していた。
銃弾が雨あられと飛び交う戦場では、誰しも無慈悲な死の前に無力だった。
ほんの一歩でも違う場所に立っていたなら、突入ポイントが違っていたら、隊列の並ぶ順が入れ替わっていたなら、そしてモビルスーツの銃口に狙われた際にガンダムが現れなかったなら、刹那は死んでいた。
同じ少年兵だった友人のように、流れ弾に頭を吹き飛ばされて脳漿を飛び散らせるか、MSの大口径の銃弾に粉々に粉砕されるかしていただろう。ようよう生き残った刹那は、神の言葉と信じたものがテロ組織KPSAの単なる扇動だったことを知った。
エレベータを降りた先の広い空間には、4体のガンダムが羽を休めて次の戦いの時を待っている。
その中の青でカラーリングされた機体が、刹那の搭乗するガンダムエクシアだった。
(神など…いない)
だが、ガンダムは存在する。
目に見えず、救いを直接差し伸べることもない神などより、圧倒的な存在感を持つ救い。
怯えと恐怖に見開かれた母の眼差し。
どろりと流れ出す友の血。
身体に染み付いてしまったかのような硝煙の匂い。
崩れ落ちる故郷の街並、燃え上がる家、人々の叫び、抗うことの出来ない力に蹂躙される苦しみ。
己の存在を根本から否定したくなるほどの過ち。
際限なく聞こえる怨嗟の声。
その全てを忘れることはない。そして問われるのだ。
お前はなぜ、生きているのか、と。
自分は壊すことしかできない。救いとも思えるガンダムさえ、もとを正せば暴力の塊にすぎない。
それでも。
あの日、緑の羽根を広げて降り立った唯一の救いとして力を見せつけたガンダムとなり、紛争や戦争をなくしたい。自分と同じような人間を再生産しないために。そのために、平和の中で生きる誰かを殺すこととなっても。
ひどく傲慢な行いだと、自分でもわかっている。
(俺がガンダムだ…ガンダムに、なる…)
それがクルジア紛争を生き残った刹那にとって、ひとつの導だった。
仲間の多くが死に絶えた中、なぜ自分が生き延びたのかを考えたなら、自分に残された生き方はただただ自分の持てる能力を全て使って、世界が同じ過ちを繰り返さないようにすることだけのように刹那には感じられたのだった。