「んニャー!」
(ダスティ・アッテンボロー!?)
って、いや同盟の中じゃ一番好きなんだけど。だけどいきなりこれはないと思うんですよ。
は見上げた視線を急いで外した。
なにしろアッテンボローはスカーフを解き、同盟軍服のグリーンのジャンパーを投げ出しただけでなく、シャツに加えズボンまで脱ぎ始めたのだ。
(ちょ、ちょっと見てみたいけど見ちゃいけない気がする。乙女だから! 私これでも乙女なの!)
素っ裸になったアッテンボローは、
を抱えてシャワーを浴びようとしているようだった。
「大人しくしてろよ、いま洗ってやるから」
洗ってもらえるのと温かい湯をかけてもらえるのは有り難い。
だが色々と障りがありすぎると思った
は、ぎゅっと瞳を閉じてアッテンボローにされるがままになった。
「なんだ、さっきが嘘みたいに静かになったな。目も瞑っちまって。腹減ったのか?」
ぐりぐりと頭の上で泡だてられたボディーソープで全身を撫でられると、
はくすぐったくて仕方がなかった。
「にゃ!」
(違う!)
「お、そうかそうか、腹が減ったか。俺もだ。ちょっと待ってろよ」
優秀な青年士官もさすがに猫語は解読できないのだろう、
の意思とは全く反対の意味を読み取っている。
そう言って
の泡をシャワーで落としたアッテンボローは、今度は自らの身体を洗っているようだった。
ようだ、というのは
は目を瞑って彼の裸を見ないようにしているからである。
(どうしよ、すごく見たい。ちょっと見たい。いやでもだめな気がする。人間として終わる気がする。いや、猫だからいいの?)
大いに逡巡した
は、好奇心に駆られてちらっと眼を開けた。足が見えた。
流石にこれ、上みちゃやばいよね。もういろいろやばいよ、自分。
そう思いなおして再び目を閉じて数分、
はアッテンボローにつまみ上げられバスタオルに投げ込まれた。
身体をなすりつけるようにして水滴を払っていると、ぶおーという恐ろしい騒音を放つ機械が近づいてきた。
「あっこらっ、逃げるな!」
(逃げるわい! そんな恐ろしい機械!)
人間的精神をもつ
にはそれがドライヤーで、ただ単に毛を乾かす道具であることはわかっているのだが、それが発する騒音がどうしても耳に耐えることができない。これが猫の性質というものなのだろうか。
逃げ出そうとする
を無理やり掴んで、アッテンボローはドライヤーの温風を浴びせ、縞模様の毛皮を乾かした。
その間、自分は腰に巻いたタオル一枚である。
「あーこれだけで俺、疲れたわ」
十分乾いたところで拘束が緩められ、
は一目散に逃げ出した。理性は逃げ出すことなど何もないと知っているのだが、どうやら身体が反射的に反応してしまうようなのだ。
アッテンボローをそれ以上追いかけては来ず、もつれた鉄灰色の髪を乾かして部屋着を身につけたようだった。
いつも軍服姿くらいしか(アニメで)見れないものだから、カジュアルな黒パンツに白Tシャツの青年提督に、思わず胸ときめいていしまった(猫だけど)
である。
(か、か、かっこいい…)
よくわからないけど猫になったのは困るけど、これはこれで嬉しい光景が見れていいかもしれない。
そこまで考え、
はぶるぶると頭を振った。
(煩悩良くない! 人間じゃなきゃ困る!)
「さて、飯だ飯。あーあ、誰か作って置いておいてもらいたいもんだ」
顔に肉球を押し当て悩む
の側を通り抜けて、愚痴るアッテンボローはキッチンへと向かって行く。
飯という言葉に敏感に反応した三角の耳がぴくりと動き、とりあえず人間的悩みなど放っておけと言わんばかりに体が勝手にアッテンボローの背中を追いかけた。
同盟軍の将来有望な青年士官の食事はどんなものだろうかと見ていれば、冷凍庫的収納箱(正式名称は知らない)から取り出した四角いパッケージを何かの機械に放り込んだ。待つ間に、
には温めのミルクが供された。
「とりあえずお前はこれ? 猫って何食うんだろうな。後で調べとくか」
「にゃー」
(ありがと!)
通じていないだろうけど礼を一応はして、甘いミルクを一生懸命に舐めた。とにかくお腹が空いていたし、喉も渇いていた。
軽快な音とともに出来上がったパッケージは、ほかほかと湯気を上げた弁当のようだった。
「いただきます、と」
フォークを器用に操りながら、左手には何かの書類を抱えながらの食事風景だった。
どうやらアッテンボローもかなり多忙な人間のようだ。
ミルクをたっぷり飲んで満足した
は、しばらくは邪魔しないようにと大人しくしていたのだが、じっとしているのもつまらないと見物に出かけることにした。
何しろ、自分がいるのはアッテンボローの家なのだ。
猫になってしまった理由など後回しだ、と楽観的な
はいつか子爵令嬢になった時と同じように思考を放棄した。