NEXT 子爵TOP


天使のつばさ、悪魔のしっぽ
01



 子爵家において、二度目の秋を迎えんとする季節のことであった。
 子爵領統治府にて領主見習いとして頑張っているの目の前に、ぺらりと一枚の書類が回ってきた。題目は、仮装の宴(仮)実施について、とある。
 分からないことは他人に尋ねることをモットーとするは、隣席できびきびと仕事をさばく領主業の先達へ問うた。
「これは何のことでしょう、お祖父様。仮装の宴(仮)という行事は、毎年恒例なのですか?」
 開催予定日付は十月三一日となっている。予算額が多くはないが少なくもないところをみると、なかなか大きな宴ということだろうか。
 コンラッドは差し出された書類に目を通すと、どこか切なげとも表現しうる顔をした。
「先年、お前が言っておったことではないか。もう一年か、早いものだな」
「私が言ったと仰いますと」
 にはさっぱり心当たりがない。なにしろの父母にあたるところのカールとヨハンナが亡くなってから以降、多忙に多忙を重ねた毎日を送ってきたのだ。自分が言い出したことなど、自慢ではないが枚挙にいとまがない。そうすることで気が紛れたし、これからは頑張って銀河帝国で好き放題して楽しんでやる、と決心したためである。
 書類をもう一度眺め、そういえば十月の末日と言えば本来の故郷ではオレンジと黒色のお祭りがある、と頭の片隅に浮かぶ。まさか、そうなのだろうか。
「あの、お祖父様、もしや去年、私がかぼちゃで遊んだ時に仮装がどうとか零した一言がこの発端ということでしょうか」
「うむ。去年は当日に聞いたために何もしてやれなかったが、今年は前もって準備できるように予算も取っておいたぞ」
 お祖父様は快活に笑って公私混同発言をした。
 とはいえ実際のところ、これは経済振興策の一環であるとコンラッドはのたまう。領民たちの気晴らしを兼ねた需要と消費の創出のうんたらかんたら。
 真面目な名目を掲げてはいるものの、はコンラッドの御託の大半が後付されたものだろうと見透かしていた。かつてのパランティアの英雄は孫娘のことになると頭のネジが飛ぶとは、カイルがいつぞや漏らした一言である。
「それで、この仮装の宴の実施を取り仕切るのは……」
「何事も言い出した者が率先して模範を示さねばならないのだぞ、
 立派そうなことを喋っているが、それは仕事を押し付ける口実と世間では言うのだと指摘する勇気はにはなく、ここにハロウィン復興の端緒が芽生えたのであった。
「というわけで、一緒によろしくお願い致します」
 どちらかといえば不運なことに仮装の宴(仮)準備会に駆り出されたのは、子爵領統治府でも若き領主の側近として仕える幾人かの官吏たちであった。
 の家庭教師であったシルヴァーベルヒ、そして子爵領へ引っ張ってきたブラッケやオスマイヤー、マインホフと言った官吏たちは統治府内でも新顔の部類に入るが、彼らの能力は後世の歴史が保証している。
「経済振興?」
「農家支援?」
 ブラッケは眉根をしかめ、マインホフは顎に手を当て首を傾げる仕草をした。
「ほら、毎年かぼちゃ生産量は輸出消費量に対して余剰がありましたし、帝国辺境領では娯楽も少ないですから、統治府が率先して行事を企画してですね、農家以外の各分野で消費の流れを……」
 真剣に政務に励もうとする彼らに、事の発端は自分のお遊びであると言えなかったは、大まじめに後の通称かぼちゃ祭実施に乗り出した。
 別に領民に害をもたらす話でもなく、成果がなければ今年限りでよいというの押しに、結局は彼らもかぼちゃの渦に巻き込まれて行くのであった。
 唯一、先年のかぼちゃのランタンを目撃し、かつ子爵領の先々代と当代領主の性格をある程度把握していたシルヴァーベルヒは、事の次第をおおよそ理解していた。
 彼はひとこと、黒髪の少女に問うた。
「これは遊びか?」
 は、やけくそ気味に頷いた。
「はい、本気の遊びです! みんな楽しく元気よく、ついでに利益も得る遊びです!」
「…なるほど、得心した」
 後年、シルヴァーベルヒはいつの間にか時の人となった・フォン・について述懐する。
 彼女はいつも本気で遊んでいたのかもしれない。そういう為人であった、と。そしていつの間にか、共に遊ぶのが俺は楽しくなっていたのだろう、とは歴史に残されなかった彼の言葉である。
 かぼちゃの買取や街中の装飾、パーティ会場の確保、祭の広報と準備は着々と進められていった。
 祭の趣旨は単純であった。豊穣の秋を祝うため、かぼちゃのお化けランタンを作って飾り、余ったかぼちゃの実でお菓子を用意する。そのお菓子は普段、お世話になっている相手に手渡すというものである。仮装の宴において参加者の仮装は強制ではないものの、雰囲気作りのために統治府や警備の人間にはしかるべき装備品が支給されることになった。
「どうせハロウィン本来の意味なんか、宇宙歴の世界では関係ないもんね」
 は心中でこっそり呟きつつ、大人の都合で改変されたハロウィンの起源には合掌して謝っておいた。
 かくして仮装の宴、かぼちゃ祭の日は着々と近付いていった。



NEXT 子爵TOP