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ススム 子爵index

  往復書簡01  


 ユリウス・フォン・ヴィーゼの近頃の楽しみは、オーディンから遠く650光年あまり離れた辺境惑星に住む子爵令嬢と手紙のやり取りを交わすことだった。
 人類が宇宙へと進出してから時既に千年以上を数えた世にあって、手紙は全く時代遅れの伝達メディアだった。だが懐古趣味のある銀河帝国では、紙に自ら文字を書きメッセージを交わすという行為が、いまだ趣きある典雅な風習として根強く残っていた。
 ユリウスは虚飾よりも実用性を好む性質ではあったが、それも時と場合によりけりなのだと、人生の内で初めて心の底から思った。相手のことを思いながら便箋や封筒を選び、一字ずつ心に浮かぶことを書き連ねていくのと、無機質なメッセージデータ収録用の単眼レンズへ微笑みかけながら喋るという行為では、そもそも伝えようと思う内容さえ変わってしまうのではないかと思う。ホログラムに浮かぶ姿は確かに目に喜ばしいが、目に見えるものが文字だけという方が、相手のことをより一層考えてしまうものなのだと、ユリウスは遠く離れた惑星に暮らす黒髪の少女から手紙を受け取って感じたのだった。



『親愛なるユリウス様、

 先日はとても素敵なお見舞いの品をありがとうございました。
 頂いた綺麗な花束を見ていると、災難に遭遇した憂鬱な気持ちも飛び去っていきます。
 それに最新版の経済データ集が欲しいと話していたことを覚えていて下さったこと、
 本当に嬉しく思います。
 直接お会いしてお礼を申し上げたいところですが、それができない今は、
 ただ文字に万感の感謝を込めます。私の心が届けばよいのですが。


 惑星オーディンは夏を迎えて陽射しも眩しい頃だと思います。
 ユリウス様は、いかがお過ごしでしょうか?
 私は近頃、あのローバッハ伯邸でのパーティの夜に話した通り、祖父にお願いして
 経済や政治の勉強に勤しむ毎日です。加えて統治府にも顔を出していて、
 実務に関しても見ているだけという状態ですが、参加しています。
 両親は渋い顔をしているけれど、色んなことを学べることが楽しくて仕方がないです。

 話の流れで祖父からは更に軍学を教わることになってしまったのは予想外でしたが、
 (ご存知でしょうか、祖父は退役しましたが元は中将だった方です)
 これはこれで学んでみると奥深く、経営学などに繋がる部分もあるのではないかと存じます。
 そういう訳で、この頃はますます普通から遠ざかる生活を送っています。


 そうそう、あの一件以降、身の回りに気を使って当家では新たな護衛を迎えたのですが、
 その彼は意外に経済情報にも精通していて、面白いデータの分析をします。
 家庭教師の方は割と理論から経済を読もうとするのですが、彼はもっと…そうですね、
 人間模様から読み取るというのでしょうか、予想もつかないことをデータから導き、
 それが大抵、的外れではなかったりするのです。
 
 私はまだまだ知らないことが沢山あるので、もしよろしければユリウス様の分析も
 お伺いしたいところです。
 データは別途、ディスクを添付しております。私の分析や件の彼のものも入れておきました。
 お暇つぶしにでもご覧くださいませ。


  領がオーディンの近くなら良かったのに、650光年の距離がもどかしいです。
 本当はもっと沢山お話したいこともあるのですが、書こうとすればきりがなくなりそうなので、
 とりあえず今は先日のお礼と、近況をお伝えするだけに留めたいと思います。
 オーディンへはその内、行くことになるかもしれません。
 その時には是非会って、手紙では書き表せない出来事も一緒に語り合えたらと願っております。
 (事件の顛末も、面白可笑しくお話します! 一生に一度きりの経験でしょうから。たぶん?)


 最後にもう一度、お見舞いのお心遣いとお手紙を下さったことに心より感謝いたします。
 こちらの星系の近くへお見えになることがあれば、必ずご連絡を下さい。
 いつでも喜んでお迎えしたいと思います。
 お身体にはくれぐれもお気をつけて下さい。

 貴方にオーディンの御加護がありますように。

                                   沢山の感謝と親愛を込めて
                                                  

 追伸
  データだけではなく、お見舞いのお返しに私からもささやかな品を贈ります。
  お好みに合うか心配ではありますが、使って頂けたら嬉しいです。             』


 紙面の文字は彼女の性質を現すよう、颯爽と流れる筆跡だった。
 最初に見かけたときは、儚げな風情の少女だと思った。
 話してみると第一印象は180度方向転換させられ、珍しい令嬢の性質に興味が湧いたのだった。
 そして言葉を、そしてこうして手紙を交わすほどに、彼女への興味はますます深まっていく。
「軍学か…」
 あまり造詣の深くない分野である。 が学んでいると言うのなら、簡単な理論や入門書くらいには目を通して、会話の種にしようかと考える。
 添付されていたデータは後でじっくり見ようと一旦置き、ユリウスは封筒と共に彼の手元へ運ばれてきた小箱を手にとった。
 鮮やかな緑の包みを剥がして箱を開けると、中から出てきたのは万年筆だった。
 黒に慎ましやかな金の装飾が施されていて、彼の好みによく合うものだ。
 包みの色といい、万年筆の赴きといい、 が自分のことを考えて選んでくれたのだろうと思い、ユリウスは喜ばずにはいられなかった。手紙の内容と贈り物の品、そのどちらからも社交辞令ではない心遣いを受け取って、嬉しく思わない人間はいない。
 思えば、たった一度、パーティでほんのひと時を共にしただけの関係だ。
 小さなきっかけがなければ互いに知り合うこともなく、ただ豪奢ひしめく宴の席で、擦れ違うだけの関係となっていたことだろう。
 その点からいえば、あまり好意を抱ける相手ではないフレーゲル男爵も、たまには他人の幸せにある意味貢献することもあるのだとユリウスは思った。
 ユリウスは早速、もらったばかりの万年筆にインクを入れつつ、返事の文面を考え始めた。
 どうしたらこの気持ちが伝わるだろうか、そう思いながら。

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