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 幽かに煌めく光は、眠る少女を優しく抱いているようだった。
「彼女は、どう思うだろう?」
「おそらく、私たちを罵倒するだろうね」
 共犯者となった男たちは、顔を見合せて苦笑した。
 事実を知ったなら、彼女は身勝手な彼らの行いに悔しがり、憤るだろう。
 それが可能であれば、草の根わけても探し出して、盛大な文句を言いに来ることくらいはするはずだ。
「まあ、まさか私たちが揃って陥れようとするとは、彼女も思っていなかっただろうから」
「それだけ確実に捕まえたかったということを、彼女も納得してくれればいいがね」
 親子ほど年の離れている二人は、互いの思惑によって手を組むことにした。

 一方は己の途方もない野望のために。

 もう一方は、己の些細なエゴのために。


 そして両方共が、少女を愛していたために。



 沈黙が落ちた。二人共が、硝子越しに少女をみやって、めいめい思いに耽った。
 この場でこうして三人が一堂に会するのは、二度目のことだった。
 一度目は、彼女がここへやってきた時。
 二度目の今日は、年嵩の男が別れを告げに来たのだった。
  彼はこれから、旅立たねばならない。
 その旅路は長く、彼の寿命ではもう会うこともないことだろう。
 だから、三度目の機会がやってくることはない。
「それでは、私もそろそろ行くよ。あとはよろしく頼む」
 小さく微笑んで、顔に深く皺を刻んだ男は握手を求めて右手を差し出した。
「あなたからそんな言葉を聞けるとはね」
「君がいなければ、この計画は成り立たなかったよ」
「正確には、彼女がいなければ、でしょう」
 もう一方の若い男は、差し出された右手を強く握り返した。
「違いない」
 これが別れだと、目を閉じたまま動く気配のない少女をみやる。
 願わくば、もう一度彼女の声を聞きたいものだと、旅立つ男は考える。
「それでは、お元気で」
 若い男の言い種は素っ気なかったが、確かな気持ちが込められていた。
「ああ、君もな。長生きしろよ」
「できるだけ頑張りますよ。貴方の分までね」
 そうして二人は、互いに永遠の別れを告げた。



 残された若い男は、その後、何度も少女のもとを訪れた。
 そうそう簡単に会うことができなかったが、彼は訪れて彼女を見るたび、悲しいような、嬉しいような気持ちになった。
「僕も…そろそろ行かなくちゃならないみたいだ。もう会いにこれそうにないよ」
 そっと硝子を撫で、彼はひとり呟く。
 彼に用意されている旅路は、いつか見送った男とは別の場所へと続いている。
 やはり三人で再び会うことなど、できるはずがなかった。
 彼は残される少女のことが気がかりだった。
 幾重にも準備を重ねたが、何か不運な事故がないとも限らない。
 だからここを去ってのちには、最後の最後まで準備に力を尽くそうと、彼は考えていた。
「さようなら、
 言葉がかえることはない。
 彼は少女を包む揺り籠を見守りながら、時が来るまで緑の光に揺らめく少女の横顔を眺め続けた。

 
 君が起きたとき、何を見るのだろうか。
 何を考えるのだろう。
 

 いずれにせよ、幸福であればいい。
 



before eve





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