宇宙には、朝も昼も、夕暮れも夜もない。
巨大なエネルギーを秘めた星々が命を燃やして放つ光も、広大な宇宙を淵まで照らすには足りず、彼の駆ける空間は常に黒い海のようだった。光射さぬ海は、右も左も、上も下もよくわからなくなる。ただ自分自身を軸にして位置を確認するしかない、限りなく自由でいて、そして過酷な真空の世界。
コックピットの壁面に表示される映像は、宇宙と自分とを隔てる鋼の壁を意識させない。もしも自分自身の眼で眺めたなら補足できない光の波も、機外の光学センサは増幅して投影している。
(きっと、宇宙を見たいって思った奴がいたんだろう)
真空をあてどなく彷徨うデブリや隕石、遠く数光年離れた星の光、そういったものたちの真ん中を自分は飛んでいることを実感したいと思った奴が、わざわざスパルタニアンに視覚情報置換装置を積み込んだに違いない。合理性を追求したなら、パイロットの四方を取り囲むように外部情報を映像化する機能より、あらゆる情報を数値化し、時に図形を使って示す抽象ディスプレイを採用したはずだ。不必要な視覚関係の機器を取り除けば、省スペース、軽量化が可能となり、余分なエネルギーを浪費せずに済む。
だが、もしかするとポプランの想像を絶する理由によって、スパルタニアンが現在の形へ定式化したのかもしれない。
事実はわからない。そんなことはどうでもよい。ポプランは思考を放棄する。
真実はともあれ、必要とされる実感はただひとつ。
よくできたシミュレータにも搭載されず、ただ戦場を疾駆するスパルタニアンにだけ与えられるもの。
(いつでも、命懸けってことさ)
アンノウンを知らせる警報音が、ヘルメット内で鳴り響く。ケツに一機、食いついていた。戦場で味方でない機体があるとすれば、それは敵だ。
生命の脅威。撃墜すべき的。
そして、カードの賭けのネタ。
操縦桿を握りしめる右手に、ポプランは力を込め、左手のスロットルを引き倒す。ブレイク。
急加速し、旋回、そして反転する機体の中、シートに押し付けられ沈み込む肉体。
追尾しようとする敵機は、釣餌を追う魚のようだった。自分が獲物になる瞬間にすら気付けない、馬鹿なワルキューレ。
瞬く間に、ポプランは追われる側から追う側に入れ替わった。同じ回避機動を繰り返す拙さから見て、新兵だろう。
ビーム砲の安全装置は解除済み、あとは指を動かすだけ。
慈悲など、ポプランの駆ける宇宙には漂っていない。ただ生を掴み取る力を持たぬ者が、淘汰されていく世界。
(ディスプレイから消え失せな)
伸びた一条の光が、死を導く。散乱する光は、最大受光量設定に阻まれポプランの元には届かない。
クリア。
軽い電子音の後には、彼の手元にきれいな丸い宇宙が見えた。
レーダーに、敵を示す赤い輝きは一つもない。
自分自身がひとつの光点となるしかない世界で、ただ彼だけに許された静かな海が、今はそこにあった。