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23.75


 遊び疲れて眠ってしまったエリザベートを侍女に預けた後、 はアマーリエに寿司を売り込んだ。
 料理長を同行させたのは菓子のレシピを教えるためだけではない。ついでに寿司を作って、食べさせてみようというのである。
「これはまだ人類が地球に住んでいた頃に食されていた伝統的な魚料理で、高級な食べ物だったのですよ」
(くるくる回る庶民タイプもあったけど)
 もっぱらその回る方を愛していた であるが、物珍しさと贅沢が好きな貴族的感性の琴線に触れるだろうとあえて高級路線で説明を試みた。
 果たして公爵夫人はいたく興味を示されて、一口頬張って美味しいとコメントしてくれた。
  は寿司を元から知っているので美味しい食べ物と認識できるのだが、銀河帝国の味に慣れ親しんだ人間はどうなのかと 家の使用人に振舞ってみたところ、ほぼ問題なく受け入れてもらえた。
 その上でのトライアルだったのだが、尊い血筋のお方にも気に入ってもらえたようである。もとの伝統的寿司だとウケそうにないので、貴族風に華やかにアレンジしたのが功を奏したようで、友人たちにも食べさせたいとアマーリエは言い出した。
(しめしめ……)
 これぞ初期投資としての必要経費だろうと、 は月末にブラウンシュヴァイク公爵家で催されるパーティで、寿司を提供しようと申し出た。うまくいけば貴族ネットワークで寿司の存在が広まり、なんだか目新しい食べ物として徐々に知られるようになれば、更に普及させられるのではないかと企んだのだ。
 とはいえこの寿司は本式のものではなく、アレンジ料理だったりする。
 醤油に使う麹菌とやらが銀河帝国では一般的に手に入らないので、寿司につきものの醤油が出来ていないからだった。他の料理との兼合いもあって、現在の所は料理長が考案した洋風ソースをかけている。
  が醤油や味噌を食べたい執念の一心で猛烈に調べた結果、どうやらフェザーンのさる微生物研究所には似た菌が保管されているとかで、取り寄せて醤油と味噌を開発中である。作り方はさすがに知らなかったが、図書館や博物館を尋ね歩いてレシピも入手済みだった。
 このように、単に懐かしの料理を復活させるにも、銀河帝国では苦労が伴うのだった。
 もちろん金もかかるのだが、そこは 子爵家から与えられたお小遣いを使っていたりする。
 渋る執事のクラウスを、料理長の協力(彼は地球時代の伝統料理復活に意欲的になってきていた。良いことである)を得て説得し、ゆくゆくは商売として成立させると約束して割り当ててもらった資金だった。
 本音を言えば寿司や味噌は自己満足の域であり商売はあまり考えていなかったのだが、クラウスとの約束もあって最近、 領で寿司を出すレストランを出店したのだった。そしてやるからにはとことん、がモットーの は、採算を取るのはもちろん意欲的に寿司を普及させるつもりでいた。
「それでは公爵夫人、準備についてはまた後日、改めてご連絡差し上げます」
「ええ、お願いするわ。エリザベートはまだ寝ているみたいだからご挨拶できないけれど、あの子、今日も随分と楽しそうに遊んでいたと伺いましたわ。昨夜も楽しみで眠れなかったようだと侍女も言っていましたし、エリザベートの為にも、どうぞまたいらして」
「ありがとうございます。是非、再び御伺いします」
 エリザベートの遊び友達として晴れて常連認定を頂いたようである。
 公爵夫人は一介の子爵令嬢ごときの見送りに立つはずもなかったので、別れの挨拶を終えた は部屋を辞去して、心の中で溜息をついた。
(ああー終わった。疲れたー)
 もちろん外見上は背筋を伸ばした優雅な令嬢の皮を被っている。まだまだ気を抜けない場所なのだ。
(でもとりあえず、日本食復活と普及活動は一歩前進、かな)
 寿司が広まってリターンが大きくなったなら、それを使って次は何を復活させようかと考えると、ますます商売にも精が出る であった。


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