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01




「さて、それでは始めましょうか」
 ブリーフィングルームでは、マイスター達とスメラギは、回収した『E』について情報を共有するために集っていた。
 スメラギはハロの収集したデータをモニタに表示させると、自らが分析した内容を説明する。
「結論からいうと、あの女の子が今回のミッションの目標『E』であることは間違いないみたい」
 当然のことながら、その発言は驚きをもって迎えられた。
 一堂を見回した妙齢の戦術予報士は、これは本来私が分析したことじゃないんだけど、と前置きしてから、なぜそう言えるのかという理由を語り始める。
「今回の『E』回収ミッションについての補足事項があったの。私達が無事に彼女を回収したことをヴェーダに報告したら、自動的に追加情報が出てきたわ。それによると、刹那が連れてきた女の子こそが『E』で、彼女の名は 、既にソレスタルビーイングの一員らしいのよ」
「はあ?」
 盛大に呆れた口調で声を上げたのは、ロックオン・ストラトスである。
「最初っからそう言えっつーんだよ、なあ?」
 そうであれば、いらぬ時間や苦労を浪費せずに済んだものを、という呆れを含んだ口調に同意したのは、キュリオスに乗って宇宙空間遊泳を楽しんだだけのような気がしていたアレルヤだった。
「そうだね、最初から知っていれば、僕たちも違った形で彼女を回収…救出、なのかな、できたかもしれないのに」
「とはいえイアンさんに訊いたら、ここ数十年あんな奴見たことないっていうのよね。確かにソレスタルビーイングは大きな組織だけど…」
「物事は明確に述べろ、スメラギ・李・ノリエガ」
 壁にもたれたティエリアが鋭い声で言った。
「つまり、ヴェーダの情報だけでは彼女の身元がはっきりしない、って事だろ?」
 肩を竦めたロックオンに、スメラギはやや困ったように顎にあてた手を離し、その手で端末を操作した。
「私がアクセスできる範囲の情報で彼女を検索したけど、ここ十年でソレスタルビーイングに加入したメンバーの中に、 に該当する名前はなかったわ。彼女、どう見てもまだ二十歳にはなっていないでしょ? 念のためもう十年遡ったけど…」
「該当者なし、ってか」
 人差し指を立ててロックオンがスメラギの言葉を継いだ。
「でも、ヴェーダは彼女が僕たちの仲間だって言ってるんでしょ? 大丈夫だよ……たぶん」
 アレルヤが疑惑を払拭するかのように明るい声でまだ見ぬ少女を庇ったが、その言葉に当然のことながら説得力はなかった。
 そこで意外な人物から意外な言葉が出た。
「とにかく、当の人間に訊いてみなければわからないだろう。俺は彼女と話をしてみたい」
 スメラギとロックオン、それにアレルヤは驚きに声を発した方向をみやった。
「…珍しいわね、ティエリア。いつものあなたなら、すぐに消去と言うところじゃないかしら」
「俺は彼女に興味がある」
「言うねぇ」
 口笛を吹いたのはロックオンだった。
「下種な勘繰りをするな、ロックオン・ストラトス」
「はいはい」
「とにかく、僕も彼女に話をしてみることに関しては賛成だよ」
 いつもの如くミーティングで一言も発さなかった刹那を、スメラギは見やった。
「あなたはどう思うの? 刹那。あなたが一番沢山、彼女と接触しているわ」
 刹那はといえば、コックピットでイブという名称を持つ少女に告げられた名を反芻していた。
という名は…)
 おそらく、彼女の本名なのだろう。イブ。 。どれも趣きの異なる名だった。
 なぜ、彼女はイブと呼ぶなと言ったのだろう?
 なぜ、宇宙を見て泣いていたのだろう?
 疑問ばかりが浮かんできた。
 不快だった。このように無駄な思考など必要ない、そう思う。
「刹那?」
「俺は…」
 答えようとしたところで、スメラギを初めとした全員の端末から通信音が響き、ミーティングルームの通信画面が切り替わる。
 画面に映し出された顔は、プトレマイオスの艦上医であるモレノのものだった。
「…すまない、少し席を離れた内に、お嬢さんに逃げだされてしまった」
 スメラギは答えを返さず、厳しい表情でそのまま管制室のフェルトに通信を繋いで指示を出した。
「艦内のモニタチェック、モレノさんの通信、聞いたわよね? 彼女はいま、どこにいるの?」
 視線を下へ向けたまま忙しなく指を動かすフェルト。ただキーボードを打つ音だけが響く。
 小画面が開き、艦内の一部分を拡大した図が表示された。その中を赤い点が点滅しながらひどくゆっくりと移動している。
「……ハンガーに向かってる…たぶん」
「みんな!」
 振り返ったスメラギの声に、ガンダムマイスター達は既に部屋から飛び出していた。
 太陽炉を搭載するガンダムはソレスタルビーイングの命にも等しい重要な技術の集合体である。目的がどんなものであれ、身元不明の人間を近づけて良いわけがない。
「できるだけ穏便によ!」
 言ったスメラギだが、果たして穏便にことが済むかは怪しいものだと頭の片隅で思った。とはいえ、組織の運営を任される一員としては、安っぽいヒューマニズムよりも実益を優先しなければならない。
 不審者を追い詰めるため、プトレマイオスの戦術予報士たるスメラギは命令を下す。
「クリスは隔壁を閉鎖して、彼女を動けないようにして頂戴」
「了解。35番から40番を閉鎖っと」
 隔壁が閉まっていることを示す単線の記号が表示されると、赤点の移動は止まったようだった。
「これであとはロックオンたちが…!?」
 画面上の隔壁閉鎖表示が開放へ切り替わる。
「クリス!?」
「私じゃない…あっちから操作されてる! ちゃんと操作盤もロックしたのに!」
 隔壁で仕切られる各区画内には、手動操作によって開放を指示できる端末がついているのだが、クリスティナは対侵入者用のプログラムに切り替え、操作を受け付けないように設定していた。だがそのプログラムが存在しないかのように逃亡者は隔壁を次々と開いていく。
「医務室はハンガーの近くだから…ロックオン達は間に合わないわね」
 呟いたスメラギは、次はイアンへと通信を行い、自身も管制室へ向かうために踵を返してミーティングルームを飛び出した。
「イアンさん! そっちへ向かってるわよ! 捕まえて!」
「捕まえてってなぁ、単に女の子一人だろ? そんなに慌てることはないと思うがなぁ…」
 のんびりしたイアンの声は、誰もいなくなり静寂を取り戻したミーティングルームの沈黙の波長を、少しだけ乱した。


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